拡大路線から降りることを選んだ「スナオクワハラ」、独立後10年の歩みと現在地
独立して初めて実感、デザイナーとしての根源的な喜び
運営体制や売上規模に加え、独立後最も大きく変化したことの一つは「顧客との関係性やコミュニケーションの在り方」だ。デザイナー業務のみに専念し、顧客との接点がほぼなかったエイ・ネット時代とは対照的に、独立後は展示会やイベントなどで桑原氏自らも店頭に立ち、顧客とダイレクトに接する機会が増加。今では互いに顔や名前のわかる顧客も複数いるという。 桑原氏は、「実際に目の前にお客様がいて、自分が作ったものを手に取って試着したり、嬉しそうにしている姿を見るというのは、独立して初めて経験したことでした。その喜びや大切さを、自分は長年“わかったつもり”でやっていたのだと自覚しましたし、決して安価ではない服を毎シーズン購入してくださるお客様のありがたさや、『その一人ひとりの上にブランドも自分たちも成り立っている』ということを改めて実感するようになりました」と言葉にする。 一般客である顧客にとっても、各シーズンのコレクションを一堂に見られる機会を得たりデザイナーと顔が見える距離感での交流を深めていくことで、高揚感や特別感が得られ、ブランドへの愛着がより強くなっている側面もあるようだ。 一方で、独立による一番の課題はやはり「資金面」だ。エイ・ネット時代と比べ、ものづくりに関して「やりたくないことをやらなくても良くなり、不満はなくなった」反面、資金的・量的な制約などから、以前とは違った意味で「やりたいことができない」側面もあるという。しかし、「制約があるからこそ生まれる新たな発想もある」と、桑原氏は現在の状況を前向きに受け止めている。例えば、以前は全てオリジナルで制作していた生地を、現在は既製の生地を組み合わせることによって新たな柄を生み出すなど、デザイン面でさまざまな試みを行っている。 「以前はお金の心配を一切せず、純粋にデザイナー業だけに専念してものづくりができたという意味で、デザイナーとしてはかなり恵まれた環境にいたと思います。でも今の方が、人と人との繋がりや気持ち的な豊かさを得られるようになったと感じていて。当時と今とでは売上やブランド規模は全く違いますが、どこに価値を置くかで何を良しとするかは変わってくるものだなと思っています」(桑原氏)。 そんな桑原氏が今デザイナーとして大切にしているのは、「日常的に自分をニュートラルな状態にし、身の回りにあるたくさんの“宝”を常に見出し感じ取れるような心持ちでいること」。独立してデザイナーの仕事だけに集中できる環境ではなくなったからこそ、毎シーズン“スナオクワハラらしくて新しいもの”を生み出すべく、より意識的に心がけているという。