「科学者vs.哲学者」のサイエンスウォーズは「物理帝国」黄昏の象徴?
高エネルギー加速器「SSC」建設中止の衝撃
米ソ冷戦体制が終わり、中国が開放経済政策に転じ、西側では軍縮が進んで軍事予算も減って、人間の交流を妨げていた政治体制のカーテンもなくなり、科学研究の世界の将来は明るいと多くの科学者は思ったに違いない。 ところが、90年代に入った頃からアメリカ物理学界に異変が起こり、そこを震源地にして影響はジワジワと世界的に広がっている。これが「「知の王者」物理学の栄光と黄昏……「コスパ時代」に科学が生き残る道はどこにある?」に記したような状況「物理学の退場?」である。 象徴的な事件は、素粒子物理を推進する高エネルギー加速器SSC(Superconducting Super Collider)の建設中止の決定(93年)であった。 これはフェルミ国立加速器研究所設立に次ぐアメリカ全体の次期計画として80年代の初めに提案され、国威発揚を意識したレーガン政権が後押しし、88年(会計年度)に議会で建設が決定されたものだった。敷地は新大統領ブッシュの地元テキサス州となり、約2000人を雇用した新研究所が設立され、続いてリング用トンネルの土木工事も20パーセントほど進行していた。すでに膨大な資金が投入されていた。ところが、ブッシュからクリントン政権に代わったのを機に、計画はあっさりと中止されてしまった。 当時はまだアメリカは財政赤字の時代で、予算的に大変なことは事実であった。しかし、こういうときには、普通は完成の時期を遅らせる策をとる。実際、アメリカ経済はその後好況になり、98年には財政赤字ゼロを宣言している。にもかかわらず、議会も大統領府も火種を残さず積極的にこれを中止とした。 建設決定当時から物理学者の中でも反対論があったが、それに対して推進側が積極的に応じ、次第に議論の輪は物理や科学の学界を超えて、政治、社会、文化、哲学へと広がった。アメリカ物理科学の学会誌『Physics Today』はもとより、『ニューヨーク・タイムズ』などの高級マスコミも積極的に論争の場を提供した。それがちょうど冷戦終結で社会の意識が急激に変化する時期と重なっていた。政治家はこういう状況でこの決定をしたのである。