なぜ赤ちゃんは人の顔をジーッと見るのか…生まれて間もない乳児の脳内で起きているすさまじい発達
赤ちゃんは何を考えているのか。実は乳児は無意識でいるように見えて、常に能動的な学習を試みているという。京都大学名誉教授の乾敏郎さんと、臨床心理士の門脇加江子さんの共著『脳の本質』(中公新書)より、一部を紹介する――。(第2回) 【図表をみる】子宮内の胎児 ■最新技術でわかった胎児の意外な運動 ここからは、赤ちゃんの運動発達について考えてみよう。赤ちゃんがお腹の中にいるときを胎児、生後28日未満の赤ちゃんを新生児というが、当然ながら、胎児の運動発達を観察することは難しく、わからないことが多かった。ちなみに1歳未満を乳児、それ以降を幼児と呼ぶ。 それが1980年代以降、超音波映像法が用いられるようになり、徐々に知見が蓄積する。そして、胎児の発達の研究が飛躍的に進んだのは、今世紀に入ってからである。コンピュータの計算速度が飛躍的に向上し、四次元超音波イメージング技術(4Dエコー。三次元映像の動きが見える)の利用も進み、胎児の運動をリアルに観察できるようになったことが大きい(図表1)。 4Dエコーを使ってわかったのは、まず、かなり早い時期から、胎児が手で自分の顔を頻繁に触っているという事実だった。 たとえば、胎齢13週では、胎児は腕を動かす運動を頻繁にしており、その70%以上が手を頭や顔へ持っていく動作だった。22週までには、胎児の手伸ばし運動(到達運動、リーチングという)は滑らかとなり、目標までまっすぐ進むようになる。 なんとも興味深いのは、到達目標が眼の場合と口の場合とでは、動かし方が違っている点だろう。すなわち、手が口に向かうときは速く動かし、眼に向かうときはゆっくりなのだ。眼のほうを慎重にしているように思える。こうした結果は、胎児の到達運動は、決して、無計画でも反射的でもないことを教えてくれる。
■なぜ赤ちゃんは手を動かしているのか では、生まれたあとはどうだろうか。新生児は生後3日目までは、手を口に持っていく際に口を開けていることがきわめて多いという。この傾向は赤ちゃんが目を開けているときにも、閉じているときにも特段の差がなかったことから、どうやら手が見えているかどうかは関係ないらしい。このような手と口の協応動作では、視覚よりもむしろ、手と口の自己受容感覚(筋感覚)を手がかりにしているようだ。 こんな実験もある。生後10日から24日の新生児を対象に、赤ちゃんをベッドに寝かせ、手首に紐を結んでおく。紐を足側に置いた滑車に通し、紐の先にわずかの重さのおもりを吊るす。 つまり、おもりによって、手には足方向への多少の力がかかるのだ。この日齢の赤ちゃんは、まだ顔の向きを変えることはできない。それを利用して、三つの条件のもとで実験を行った(図表2)。 一つ目は、赤ちゃんの顔の向きと同じ側の腕に重さがかかり、赤ちゃんが自分の腕を見ることができる状態。二つ目は、顔の向きと逆側の腕に重さがかかり、自分で直接腕を見ることはできないものの、顔の前に置かれたビデオモニタ上で、顔とは反対の腕を見ることができる状態。三つ目は、腕に重さはかかっているが、顔の両サイドに設置された仕切り板のため、両腕とも見えない状態。 要するに、赤ちゃんが自分の手を見ることができるかどうかが、腕の運動に影響するかを調べたわけである。 ■能動的な学習を試みている 結果は、興味深いものであった。一つ目と二つ目の条件では、赤ちゃんは、たとえ反対側の手であっても、自分の手を自分から見える位置に維持しようとしていた。ところが三つ目の条件では、手はおもりの重さにつられて下がってしまったという。 この実験は、私たちが一般的にイメージする赤ちゃん像を刷新する。赤ちゃんは何の意図もなく腕を動かしているのではなく、自分の手を視野内に入れようと、外力がある場合でもそれにあらがって活発に動かしている、能動的な学習を試みる姿である。 もちろん、この研究以外にも、ほぼ同じ日齢の新生児では、自分の手を見えるところに移動させていることがわかっている。 なお、2018年、竹村尚大、福井隆雄と筆者(乾)は、このように手を自分の視野に持ってくる運動が、生後9カ月頃から見られる指さし動作(遠くにあるものを指で指し示す動作)につながることをコンピュータシミュレーションによって明らかにした。