プロミュージシャンから天才時計師へと転身! グランドセイコーの時計デザイナーと英国人ジャーナリストの出会い
エンジニアでありアーティストゆえの快挙
それにしても、このような時計のアイデアは一体どのようにして生まれたのか? そして500年におよぶ機械式時計の歴史のなかで、いまだかつて誰も成し遂げたことのない快挙を、なぜロックミュージシャンが達成することができたのだろうか? 「運かもしれませんね」と、川内谷はいたずらっぽい笑みを浮かべる。 「私はエンジニアであると同時にアーティストでもあります」と彼は続ける。2000年に東京工業大学を卒業し、それからミュージシャンの道を選んだ。「これら2つの要素を掛け合わせると、なかなか面白いことが起きるのです。だからこそ、それまで実現しなかったことができたのかもしれません」 そうかもしれない。 だが、Kodoの「キャリバー9ST1」は偶然の産物などではない。厚さ7.98mmのスリムなキャリバーは、そのスケルトンの見た目と相まって軽快な仕上がりであり、ほぼ完璧なシンメトリーにレイアウトされている。時計全体の厚みは12.9mmで、これは他のクロノグラフと比べても薄型といえる。 さらに驚くべきことには、このKodoはグランドセイコーにとって初となる機械式複雑時計なのだ。精緻に時を刻む最先端の時計作りを続けてきたセイコーが、グランドセイコーのブランドを立ち上げてから62年目の快挙だ(※註:「世界に挑戦する最高級の腕時計を作る」という理念のもと、グランドセイコーを発売したのは1960年。Kodoの発表は2022年)。 だが、それだけでは説明が足りない。 というのも、川内谷にとってのKodoは時計であると同時に音楽的なオブジェでもあるからだ。脱進機は毎秒8回のビートを刻むが、これはロックやポップスのビートに典型的な、スピード感のある4分の4拍子(エイトビート)と同じく、細分化すれば「16分音符」の構造である。 時計の刻むあのサウンドが、自分にとっては極めて重要だったと川内谷は言う。 「私にとっては、時計のメカニズムが奏でるあの音にこそエモーショナルな価値があるのです。それ自体がひとつの芸術なのです」と川内谷は語る。 Kodoとは日本語で心臓の「鼓動」を意味する。 川内谷はそのことを裏付けるためにKodoのムーブメントが刻むテンポ良いビートの録音を再生し、それをバックに再びギブソンを手に取る。 「スモーク・オン・ザ・ウォーター...」
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