メスが選ぶのは、強いオスだけなのか? 猫の生態を30年調査した動物学者
「猫の視点」で世の中を見る
研究は充実していましたが、研究者であり続けるための苦労もありました。 「27歳で博士号を取りましたが、その後もずっと、2~3年の任期付きの仕事にしか就けませんでした。自分の研究が認められないことも苦しくて、いつも将来への不安に苦しめられていました。博士号を取得しても正規のポストに就けない『ポスドク問題』も取り沙汰されるようになった頃です。35歳でやっと安定した研究職を見つけたときには、すでに子どもが3人生まれていました。今でも当時のつらさを夢にみることがあります」 人間科学部社会福祉学科の教授となった今、学生たちには「別の視点で世の中を見ること」の大切さを伝えています。例えば、西南学院大学の近くにある西新商店街をどんな視点で見るか。商店街は多くの学生がアルバイトする活気あふれる場所ですが、ここにもノラネコは暮らしています。 「いつもの街も、猫の目になって見たらどう見えるでしょうか。昼間はどこに身を潜めているのか、物陰にエサのボウルを置いてくれるのはだれか。ノラネコにエサを与えるのはたいていお年寄りですよね。ではそれはなぜなのか、寂しさのせいではないか。そうしたお年寄りにとって、商店街は使いやすい場所か。杖をついていたら段差が気にならないか。猫の目になって、弱者の目になって世の中を見てみれば、何をすべきかもきっと見えてくると思います 学生には、「卒業してすぐ役立つ知識だけでなく、長い人生の中でじわじわと利いてくるような知恵を身につけてほしい」と望んでいます。
「すぐに使える知識は、すぐに使えなくなるものでもあります。デジタル社会で就職するためだけのスキルより、一生付き合える友達や、つまずいた時にもへこたれない『別の視点』を見つけて、しぶとく生き抜いてもらいたいのです。便利すぎる現代では、何をするにもお金が必要なサイクルができあがっています。でもそれとは違う世界もあるということを、猫たちの生き様や、自然のあり方を通じて知ってもらえたらと考えています」 <プロフィル> 山根明弘(やまね・あきひろ)/1966年、兵庫県生まれ。九州大学理学部卒、同大大学院理学研究科生物学専攻博士課程修了。理学博士。京都大学霊長類研究所講師、北九州市立自然史・歴史博物館学芸員などを経て、2016年、西南学院大学人間科学部准教授、19年から現職。専門はライフサイエンス、生態学、環境学。著書に『ねこはすごい』(朝日文庫)、『ねこの秘密』(文春新書)。
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