メスが選ぶのは、強いオスだけなのか? 猫の生態を30年調査した動物学者
強いオスだけがモテるわけではない
当時、ノラネコの社会では強いオスがメスを独占しており、劣位のオスはあまり子孫を残せないと考えられていました。1990年代初頭の、DNAによる親子鑑定が導入され始めた頃のことです。 「DNA鑑定をすると、それまでの定説を覆す結果が出ました。ボス猫だけでなく、縄張りの外から遠征してきた猫など、けっして強くないオスの子どもも意外に多く生まれているようなのです。最初は何かの間違いではないかと思いましたが、何度やっても同じ結果が出ます。ちょうどその頃、ほかの動物の研究でも同じような結果が報告され始めた時期でもありました」 強いオスだけが子孫を残すという常識は正しいのだろうか。DNA鑑定の結果から生じたその疑問の答えを導き出したのは、地道な行動観察でした。 「猫を見ていると、強いオス猫に囲まれているメス猫がいきなりどこかに行ってしまうことがよくありました。何だろうと思ってそっと追いかけてみると、外から来たよそ者のオスや、まだ力のない若いオスにメスのほうから近づき、積極的に交尾していることがわかったのです」 また、あるときはメス猫が、自分をめぐる争いに敗れたオスのほうをパートナーに選んだこともありました。強いオスだけがモテるのではない。よそ者や力のないオスに、ふらりとするメスがいるのです。 「ジャイアンみたいな強いオスだけが子孫を残しているわけではない。これは約3カ月間、1日も欠かさず地道な観察を続けたからこそわかった事実でした」 成果はほかにもありました。交尾の後、オス猫は別のメス猫を求めて移動するため、猫の子育てはメスの完全ワンオぺであると考えられてきました。しかし、山根さんが「コムギ」と名付けたオス猫は、メス猫とわが子が暮らす小屋の周囲を24時間態勢で見回り、ほかのオス猫から家族を守っていたのです。 「若いコムギくんが縄張りを主張してほかのオスを追い払い、わが子を守るところは何度も目撃しました。子どもの頃、家で飼っていた鳥をノラネコに食べられてしまったことがあったので、昔は猫が嫌いでした。さすがに大学生にもなれば恨みはなかったものの、当初は単なる研究対象の動物と考えていて、今ほどの愛情はなかったのです。でも研究を続けるうち、猫たちが必死で生きる姿に心を打たれて、彼らをリスペクトするようになりました」