【Photos】北の大地が織りなす湖川の美
水越 武
世界的な山岳写真家・水越武は85歳となった今も道内各地で写真を撮り続けている。火山活動が生んだ数々の湖、雄大な湿原、タンチョウヅルのねぐらとなる河川など、北の大地が見せてくれる四季折々の表情を紹介する。
赤道周辺の熱帯雨林から極地のツンドラまで、多様な世界の土地を長年にわたり私は歩いてきた。そんな私が実感するのは、その土地の生態系は水と太陽光によって決まるのではないかということだ。この2つの条件によって森林になったり、雪原になったり、砂漠になったり、地球環境は千変万化する。地球に水が生まれ、少しずつ冷やされ、38億年前に海中で生命体が誕生し進化してきたことを考えると当然のことだろう。 湖沼や湿原、河川などは、気象によって目まぐるしくその表情を変える。刻々と変わる太陽の位置によっても、異なった景色を見せてくれる。雲の間から光が差し込んでくると、今までくすんでいた湖面がキラキラと輝きだし、沈んだ気持ちで湖岸にたたずんでいても一気に心が晴れることがある。こうした繊細で変化に富んだ世界を見せてくれる淡水環境が北海道には特に多いことが、私がこの北の大地に引かれる大きな要因でもある。
火山が生んだ湖
北海道の湖沼は火山によって生まれたものが多い。私が住んでいる屈斜路湖周辺は道東でも特に湖がたくさん見られるが、それらはことごとく火山活動によって形成された。阿寒湖、屈斜路湖、摩周湖など、どれも火山の噴火で吹き飛ばされてできた大きな凹地に水がたまってできたカルデラ湖である。中でも周囲57キロの屈斜路湖はカルデラ湖としては国内最大のものだ。
残念な湖の変貌
2月上旬の特別に寒い朝、長野県の諏訪湖で有名な「御神(おみ)渡り」の現場を目撃したことがある。湖が結氷して膨張すると、動物が鳴くようなキューキューという音を立てる。強い風が雪を舞い上げ、湖面の氷をむき出しにしていく。風が時々強まり、雪煙が上がる。氷が再び鳴き始めた直後、湖面からしぶきが上がり、バンと大きな音を立てて、一瞬のうちに割れ目が遠くまで走っていった。翌日になって氷が1メートル以上も盛り上がった「御神渡り」ができたことを知った。 道東の湖は厳冬期には厚さ30センチほどの氷に完全に覆われる。屈斜路湖畔に移住してきた頃、自宅にいる時は毎朝のように散歩をして、一度だけこの珍しい自然現象を目撃したことがある。それから30年、「御神渡り」は毎冬できるが、残念なことにその瞬間に再び立ち会うことはなかった。 残念なことがもう一つある。当時、屈斜路湖は晴れた日には湖面がエメラルドグリーンに輝いていた。これは1938年の屈斜路地震で湖底に湧き出した温泉によって湖水が強い酸性となり、そのため湖が美しい緑色に見えた。しかし酸性度が弱まってくると、全滅したといわれた魚が少しずつ戻ってきて、エメラルドグリーンの湖は過去のものとなってしまった。 また10年ほど前から、屈斜路湖の約20キロ東にある摩周湖が全面結氷しなくなり、今では湖面が氷に覆われることは珍しくなってしまった。一面白銀の世界と化した摩周湖も幻想的だったので、実に残念だ。温暖化の影響だろうか、これも私にとっては悲しい出来事の一つである。