【ラグリパWest】世界への序章。黒田佑美[ナナイロプリズム福岡/BK]
世界への扉を開けた。 黒田佑美は先月、フランスで開催された7人制ラグビーの「世界学生選手権2024」で女子学生日本代表のひとりとして優勝を勝ち取った。 愛称「ゆみ」は6連勝とした全試合に出場する。決勝ではカナダを21-12と降した。 「試合が終わった時は勝ったことが実感できず、表彰式でようやく現実になりました」 金メダルは自室に大切に飾っている。 笑うと目じりが下がり、顔全体が緩む。口は下への半月になり、並びのいい白い歯が光る。はつらつさが伝わって来る。早生まれの23歳だ。 ゆみの所属は「ナナイロプリズム福岡」。この福岡南部の久留米を本拠地にする愛称「ナナイロ」からは、大会派遣の14人中2人が選ばれた。ゆみと大橋聖香である。 ゆみにとっては初の世界大会だった。 「大会もそうですが、海外に出かけたのも初めてでした」 遠征日程は6月6日から14日までの9日間。初海外のささやかな反省がある。 「おみそ汁が恋しくなり、メンバーにもらいました。次からは持って行きます」 フランスパンもよかったが、即席でも食べ慣れたものもいい。ひとつ勉強になった。 この大会で163センチのゆみは通常のBKではなく、FWに入ったりもした。 「慣れないポジションでした」 その状況で優勝に貢献できた。 「少しでも仲良くなれるように、かたよりなくみんなと話をしたりしたつもりです」 その理由を意思疎通に見いだす。 お互いが分かり合えば、攻守ともに方向性が瞬時に決まる。ゆみは言う。 「ラグビーで大切なこと、それはコミュニケーションだと思っています」 学生代表でもその思いを強くした。 ゆみはナナイロでSOやCTBをこなす。 「黒田さんは速さでディフェンスをずらしながら、いいタイミングでパスを出せます」 濵村裕之はその長所を「人を生かすこと」と話す。ここにもコミュニケーションが生きている。 濵村はナナイロの分析担当者である。2011年のワールドカップでも男子15人制日本代表の分析を任された。同僚とも言うべきチームドクターは村上秀孝だった。ナナイロのCEO(最高経営責任者)である。 濵村は続ける。 「献身的な黒田さんはナナイロが育てた人材と言えるのではないでしょうか」 ゆみは所属2年目。ヘッドコーチの桑水流(くわずる)裕策らにその才能を磨かれた。桑水流は7人制男子日本代表の主将として、2016年のリオ五輪で4位入賞を果たす。 ゆみは振り返る。 「私はナナイロでよかったです。強いチームのひとつなので、何回も試合を見てもらって、選んでもらえた、と思っています」 ナナイロは7人制の国内最高峰、太陽生命シリーズで昨年4位、今年は6位だった。 ゆみの勤務先はナナイロと同じ久留米の東部にある田主丸中央病院だ。地名は「たぬしまる」と読む。理事長兼院長は56歳の鬼塚(おにつか)一郎。循環器内科を専門にする医師である。ナナイロCEOである村上の中高の1学年下。2人が学んだのは愛媛の私立でほぼ一貫校、愛光学園だ。 鬼塚はもっぱら水泳をやったが、ラグビーの経験もある。今回のゆみの世界大会優勝に言葉は弾む。 「誇らしい限りです。当法人として、これからもバックアップさせてもらいます」 田主丸中央病院を管轄する医療法人は聖峰会。この総合病院は地域医療の中心であり、病床数は350ほどある。ナナイロからの勤務者は2人。佐藤晴菜もいる。 ゆみはこの病院で介護を担当している。職場の居心地のよさを感じている。 「部署には20人ほどがいますが、ラグビーは私ひとり。応援してもらっています」 介護の分野でも得意のコミュニケーションが発揮されている。 ラグビーの女の子、と認識されているゆみが競技を始めたのは中2である。名古屋の中学、豊正(ほうせい)だった。 「保健室の担当で永田先生がいました」 永田早矢(さや)。元日本代表のHOだった。誘ってもらえた。 男子に混じってラグビーを始める。高校は同じ名古屋にある栄徳に進む。 「女子ラグビーを作りたいということで、その一期生になりました」 高校時代はクラブチームの名古屋レディースと二重登録をしていた。 卒業後は徳島にある四国大学に入学した。 「自分たちでラグビー部を作っていけるのが魅力的でした」 創部は入学1年前の2018年だった。ナナイロの創部はゆみが入学した年の暮れ。この一連の流れを見ると、「パイオニア」として開拓してゆくことをゆみは苦にしない。 東海から四国を経由して、九州とさらに西に来たが、この地の生活が気に入っている。 「焼き鳥が特に美味しいです」 オフにはナビや地図にたよらず、青色の道路標識を参考にドライブする。 「車内は爆音です」 白い愛車での探検も、カーステの大音量も楽しい。ここにもパイオニアの気質がある。 ナナイロでの自分をこう表現する。 「いじられ役です」 いじる、というのはゆみを知り、ゆみも相手を受け入れないといけない。さらにコミュニケーション能力を高めれば、「学生」という肩書が外れた日本代表が視界に入る。それはまた、チーム目標でもある<太陽生命シリーズ総合優勝>をも容易にさせてゆく。 (文:鎮 勝也)