取材記者の影響力もグローバル、選手移籍は大ニュース瞬時に100万人に発信【プレミアリーグ 巨大ビジネスの誕生⑪】
「例えばハリー・ケーンがトットナムからドイツのバイエルン・ミュンヘンに移籍するといううわさが加熱していたら、『リバプールがケーンを獲得すべき五つの理由』みたいな記事をつくる。そうやってクリック数の争いになると、記事の質はどんどん落ちていく 」 そんな風潮に嫌気が差したことも一因となり、2019年にエコー紙を退社。近年多くの新聞記者を引き抜き、イングランドのサッカー報道をリードする有力ウェブメディアのアスレチックに移った。 世界有数の知名度を誇るリバプールを追う番記者として、エコー紙を離れてもフォロワーは増加の一途を辿った。2020年に南野拓実が加入すると日本からの記事へのアクセスが目立つようになり、プレシーズンマッチの取材でシドニーを訪れた際には、電車の中でファンに気づかれて自らの仕事の波及力を肌で感じた。 「リバプールの取材を始めた頃は近所の人に記事を書いている感覚だったが、今や地球の裏側にも読者がいると思うと信じられない。それもソーシャルメディアのおかげなので、エコー紙が他社よりいち早くSNSの可能性に気づいて導入していたことは幸運だった」と古巣への感謝も忘れていない。
▽「一次情報を流す」ことが仕事 新聞や雑誌の紙媒体が過渡期を迎え、専門サイトやアプリ、ユーチューブ、ポッドキャストなどあらゆるデジタル媒体が乱立する時代。世界各地で試合が放送されているため、活字メディアの役割も変わりつつあり「試合経過を伝えるような昔ながらのマッチリポートの需要はなくなってきた」と認識する。 リバプールのように自前のテレビチャンネルを含む多くの公式メディアを持つクラブは、思い通りに選手のイメージをつくりあげ、発信したいメッセージだけを出すことが可能になった。新型コロナウイルス禍をきっかけにオンライン式の「リモート取材」という手段も定着し、記者と取材対象者の距離は着実に遠くなっている。 選手はクラブだけでなく、エージェントやマネジメント事務所といった関係者がコントロールし、不用意な発言や誤解による「炎上」の防止に細心の注意を払う。試合後にミックスゾーンと呼ばれる取材エリアで記者の呼びかけに応じる選手は少なく、放映権料を払っている「ライツホルダー」の放送局でない限りスター選手の肉声を聞くことは容易ではない。
それでも「一次情報を得て流すことができるのは自分たちだけ」とピアース記者。既存メディアの置かれる立場が厳しくなりつつある時代でも、ジャーナリストの矜持を胸に秘めてチームを追い続ける。