英国の歴史家トム・ホランドが語る 米国という「帝国」が中国に負けることに怯える米国人、歴史に執着して世界を悪化させる露大統領
歴史に対するプーチンの激しい執着
──プーチンに歴史へのこだわりがなければ、世界はもっといい状態になるとお考えのようですね。 プーチンは2021年に歴史論文を書いて、それを公表しています。そこでは、10世紀末にウラジーミル1世がキーウで正教会の洗礼を受けたところまで遡りながら、ウクライナが歴史を通じてつねにロシアの一部だったと論じられています。 彼はそれを本気で信じているわけです。ウクライナで起きていることを見れば、自説こそ正しいのだという熱い気持ちを持っていることが伝わってきます。プーチンがソ連再建を望んでいるのはいわずもがなでしょう。ただ、彼の歴史へのこだわりは、もっと深い。 プーチンによるクリミア併合は、ポチョムキンがエカチェリーナ2世のために成し遂げた偉業の再現でもありました。ポチョムキンは、クリミアをロシアの発祥地として征服したのだと説明していました。クリミアには紀元前6世紀からギリシャ人が暮らしてきましたし、ロシアにキリスト教が入ってきたのもクリミアを通じてでした。 2011年にウェットスーツ姿のプーチンが黒海に潜って、6世紀のアンフォラ(古代ギリシャの二つの把手が垂直についた壺)を2個「発見」した映像があります。壺があったのはもちろん、言うまでもなくやらせでした。しかし、この映像に込められたメッセージは、黒海がかつてギリシャやローマやビザンツ帝国のものであり、「第三のローマ」であるロシアが黒海で果たす役割は正当だという主張なのです。 こういった歴史への強いこだわりをプーチンが持たなかったなら、世界がいまよりもいい状態になるのは間違いありません。(続く)
Thomas Mahler