英国の歴史家トム・ホランドが語る 米国という「帝国」が中国に負けることに怯える米国人、歴史に執着して世界を悪化させる露大統領
英国の歴史家トム・ホランドは、ローマ帝国やイスラム教の起源、キリスト教の影響力といったテーマでベストセラーを何冊も書き、その著作は世界各国で翻訳されてきた。 ジョナサン・ハイトが解き明かす「アメリカ社会がこの10年で桁外れにバカになった理由」 彼は4年前、歴史専門ポッドキャスト「ザ・レスト・イズ・ヒストリー」を仲間の歴史家とともに始め、これは現在では歴史カテゴリーでトップの人気を誇っている。 フランスのニュース週刊誌「レクスプレス」が、フランスと英国の関係やプーチンの歴史観、トランプとローマ皇帝の比較、そして文化としてのキリスト教などについて、ホランドに聞いた。
「フランスは、共和国のふりをした君主制国家」
──歴史専門のポッドキャストなのに、これほど成功した要因は何ですか。 私たちのポッドキャストは、月間ダウンロード数が約3000万で、リスナーの半分以上が35歳以下です。大学で学ぶ学問のなかでは、歴史学がいちばん門外漢に開かれているので、関心を持ってもらえているのではないかと考えています。加えて英語圏には歴史物語を楽しむ長い伝統もありますしね。 ポッドキャストを始めた頃は、壮大なテーマを1回で語っていました。お恥ずかしいかぎりですが、フランス革命の全貌を50分で語ったこともあります(笑)。その罪を許してもらうために、今年の夏はパリ五輪に合わせて、フランス革命をヴァレンヌ逃亡事件まで8回シリーズでとりあげました。近いうちにルイ16世の処刑の回も作る予定です。 リスナーが大好きなのは、そういった歴史のなかの物語の数々なのです。ただ、歴史は、単に過去の話というわけではありません。思いがけない形で現代に影響を及ぼしていることもあります。英語圏で暮らす人の多くは、「右派」と「左派」という概念の由来を知りませんが、これはもともと1789年のフランス革命に由来する用語なのです。 ──フランスの歴代大統領も取り上げられています。英国人の歴史家がフランスの大統領を見ると、どんな印象を受けますか。 フランスの歴代大統領だけでなく、ドイツの歴代宰相やオーストラリアの歴代首相も、シリーズを作って取り上げてきました。だけど、フランスの大統領は格別ですね。それはフランスの場合、大統領が国王の役割を担っているからです。とくに国王然としていたのがフランソワ・ミッテランです。社会党の政治家だったのにね。 絶滅危惧種のズアオホオジロを食べるミッテランは、英国人が抱くフランス人像にぴったり合致します。少し表現が大げさになってしまいますが、英国は、君主制国家のふりをした共和国であるのに対し、フランスは、共和国のふりをした君主制国家であるところがあります。もちろん、これには言い過ぎの部分もあるとは思いますが、それなりに当たっている部分もあるはずです。 実際、英国の君主は、フランスの大統領に比べると、みんな退屈な人ばかりです。エリザベス2世などは、本当に精彩を欠いていました。 ──英国料理は18世紀にフランス料理への反発から生まれたとご指摘されています。 18世紀は、英仏の間で紛争が繰り返された時代です。当時は、何がエレガントなのかを決めるのはフランスだったので、英国はフランスにコンプレックスを抱いていました。だから英国では、フランス流の真逆を行くのが流行したんです(笑)。ファッションがわかりやすいですが、英国人がくすんだ色の服を着るようになったのは、ヴェルサイユ宮殿の華やかさの逆を目指したからです。 フランス料理に対する英国人の反発も激烈でした。英国人は、フランス料理を堕落したコスモポリタン料理だとみなしました。濃厚過ぎて値が張るフランス料理に対して、ローストビーフは、英国の自由の象徴であり、英国料理のシンボルだとされたのです。