知事の“お願い”“要請”に強制力はあるの? 「行政指導」のメリット・デメリット
行政指導のメリット
行政指導、とりわけこの「強制力があると思わせる行政指導」は、実質的には権力的な規制に近い機能を発揮する。 法の建前の上では「行政指導には強制力がなく」、単なる協力要請に過ぎない。一種の非権力的事実行為だ。なので、法律に根拠がなくても行政機関が自由に行うことができるとされている。もちろん、中には法律の根拠があり、法律の定めるところに従って実施される行政指導もある(前ページ図の2:優益的行政指導など)。ただ、これらの法律の定めは、多くの場合、指導後の措置の前置手続きとして設けられている場合が多い(例えば騒音規制法9条、12条1項に基づく計画変更勧告、改善勧告など)。 行政指導は、このように法律の根拠がなくても国、自治体が自由に行うことができる。一見、権力的な命令ではなく、ソフトな協力要請なので、受ける側にも心理的な抵抗感が少ない。これが行政指導の最大の効用(メリット)と言えよう。
行政指導のデメリット
メリットがあれば、デメリットもある。 行政指導とりわけ法を根拠としないものは、もっぱら行政側の任意の判断でなされる。法律に基づかないため、責任の所在も不明確なまま行政機関の恣意により好ましからぬ指導がなされることも少なくない。しかも行政側は規制や助成など多くの権限を持っている。住民・事業者が行政指導を拒否して行政機関の機嫌を損ねてしまうと、“江戸の仇(かたき)は長崎で討たれる”恐れがあると考えがちである。住民は納得のいかない指導でも不本意ながら従わざるを得ない立場に置かれやすい。 しかも、その行政指導によって損害を受けたとしても、「任意に従う」を錦の御旗にする役所側は損害賠償の責務を負わないという落ちがついている。
「発する側に便利」だが……
このように「行政指導は使う側からすると便利」な話だが、どうも住民・事業者と対等ではなく、上下・主従の関係になりやすく、片落ちの感じがする。 例えばこうした実例がある。 かつて群馬県のある町であった話。県庁と町役場は、高冷地キャベツが人気であり高く売れるという市場動向を示し、農家の方々にこの地域の桑畑を全部高冷キャベツ畑に開墾し直して特産地にし、地域活性化を図ったらどうかとアドバイスした。こうした農業指導を受け、農家が全面的にキャベツ畑につくり変えた例がある。 すると、確かに最初のうちは珍しいから「○○高冷キャベツ」に高値がつき、大いに農家は潤った。ところが、他県の地域もその市場に参入しようと競って高冷キャベツづくりに力を入れ始めた。すると、たちまち高冷キャベツの価格は大暴落し大損をした。 農家側は、その損害を「県や町の行政指導のせい」として損害賠償を求めたが、法律に基づかない任意の行政指導に従っただけであり、訴訟に馴染まないと却下された。この場合、行政の指導に従った農家は泣き寝入りするしかなかった。果たしてそれで良いのだろうか。 今回のコロナ禍では、当初マスクが足りないと大騒ぎになった。そこで中国産に依存するのを止めて国産マスクをたくさんつくろう、増やそうと地元のマスクを製造できる業者に県庁や市役所が奨励金を出してマスク増産を始めた。しかし、不評とはいえ国民一人ひとりにアベノマスクが行き渡り、各地でマスク生産が活発になりマスク供給が大量に行われた結果、マスク単価が暴落した。一斉にマスクを作り始めた業者はキャベツ農家と同じ目に遭ってしまうのか。 キャベツもマスクも、行政の意思に基づく行政指導だが、行政は協力者には救済措置、安全網を張る必要がある。そうしないと、今後協力する人・業者は現れなくなる恐れがある。「人に優しい行政指導」への転換が必要ではないだろうか。