「精子を凍結保存しておきますか?」ーーがん治療後に2人目を授かった男性がん患者が描く、自分と家族の「これから」
清水さんの場合は、がん治療と精子採取・凍結保存が同じ病院内でスムーズに行えたが、「もし凍結保存の設備がない病院で治療を受けていて、大きなタイムラグが生じたならば、リスクとベネフィットを検討して、凍結保存には踏み切らなかったかもしれない」と言う。 がん治療と生殖医療の関係に詳しい、聖マリアンナ医科大学の鈴木直教授はこう指摘する。 「(妊孕性を温存する)選択肢があることは知ってほしい。ただ、患者さんの命が最優先です。精子、卵子の採取によってがん治療が大幅に遅れる、あるいは体力を奪われることになれば、リスクを伴います。特に、卵子の採取にはある程度の時間を要しますから、女性の患者さんの悩みは深いです。まずはがんの治療医に相談してほしい」 日本癌治療学会は、2017年に「小児、思春期・若年がん患者の妊孕性温存に関する診療ガイドライン」を発表した。鈴木教授は作成を主導したメンバーの一人だ。 ガイドライン作成の動きにともない、妊孕性温存療法にかかる費用を助成する自治体が現れ始めた。2021年4月からは、厚生労働省で「小児・AYA世代のがん患者等に対する妊孕性温存療法研究促進事業」がスタート。事業内容には、患者の経済的負担の軽減も盛り込まれている。※小児・AYA世代は、思春期・若年成人を指す 一連の動きにより「がん治療医と生殖医療医の連携が加速しつつある」(鈴木教授)。妊孕性温存を行うかどうかのカウンセリングを受ける人(日本がん・生殖医療登録システム「JOFR」に登録する人)の数は、2020年に男女合わせて全国で700人を超えた。そのうち、妊孕性温存を行った人は、男性が287人、女性が218人。これまでの累計でいうと、2021年1月末の段階で妊娠した133例のうち、精子凍結を行っていた男性患者の配偶者の妊娠が41例だった。
子どもを育てていけるかどうか
もう一つ、がん治療と生殖医療の関係で議論になっているのは、「病状が厳しい患者に、妊孕性温存を勧めるかどうか」だ。がん患者に限らず、夫が亡くなったあと、凍結保存しておいた精子を使って体外受精をする「死後生殖」について、日本産科婦人科学会は、倫理的に問題があるとして禁止の見解を出している。法整備もなされていない。鈴木教授はこう話す。 「妊孕性温存後のゴールは、子どもを授かることだけではなく、その後、育てた子どもが成長して、世の中に出るまでです。妊孕性温存療法を行うかどうかは、がんの主治医が判断した上で、患者さんと共同で決めていくことになります」 清水さんが第2子を持つ決断をしたのは、「免疫療法が効いている」と確信したあとのこと。「また仕事をがんばらなきゃ」と思っていたが、リンパ節へ転移したがんが少し残っていたため、オプジーボを終えたあとに、入院して放射線治療を受けることになった。 そのときすでに会社の休職期間を使い果たしていた。退職し、一念発起して社会保険労務士の資格をとった。 「家計を考えれば、会社に残れたら一番よかった。やむなく退職した部分はあります。ただ、ぼくの中で人生観が変わってきていて、せっかくもらった命だから、人のために還元できないかなと思うようになりました」