【この人に聞きました】神話の里・戸隠に魅せられて
山の庭タンネ 2代目 里野晋吾さん
天照大御神が籠った天岩戸を天手力雄命(あめのたぢからおのみこと)がこじ開け、投げ飛ばした岩から霊峰・戸隠山(長野市)が生まれたという。急峻な岩稜(がんりょう)が幾重にも連なる山は荒々しく、神々しい。その姿に魅せられた夭折(ようせつ)の詩人・津村信夫は一片の詩を捧げている。 山は鋸の歯の形 冬になれば 人は往かず 峰の風に 屋根と木が鳴る こうこうと鳴ると云ふ 紅葉の季節が過ぎれば、山里の冬は厳しい。積雪は2メートル以上、「でも子供の頃は雪の上を転げ回っていた。楽しい思い出ばかり」と振り返るのは、丸木を組んだロッジ、山の庭タンネのご主人、里野晋吾さんだ。タンネは独語でモミの木。開業は1963年、父、龍平さんが荒れ野を切り開き、井戸を掘り、登山者の山小屋を建てた。龍平さんは全国の山を登っていたが、戸隠山の神秘に触れ、この地に生きると決めたという。
3兄弟の次男、晋吾さんは幼い頃に母を亡くし、遊び場は森だった。父からきのこや山菜採りを教わり、一緒に3000メートル級の山に挑戦したことも。外の世界へのあこがれもあった。高校は札幌の寮生活、その後は東京の大学に進学したが、いつも思い出すのは、モミやシラカバの向こうに聳える戸隠山の雪景色だった。 古里に帰り、ロッジを切り盛りするようになって、30年が過ぎた。2代目のこだわりもある。地元食材を使った戸隠テロワール、登山や山歩きのガイド、カタクリが群生する庭は結婚式の会場になった。東京のレストランで働いていた長女、清香さんも古里に戻り、猟師の資格を取得、晋吾さんと猟に出る。3代目はフレンチ、ジビエの若き料理人でもある。彼女もまた、父から山に生きる知恵と覚悟を教わったのだろう。 囲炉裏や暖炉があるタンネのロビー&リビングは、木の温もりに包まれている。ロッキングチェアに揺られながら、本棚の一冊を手に取った。津村信夫著「戸隠の絵本」(昭和15年発行)。序に綴られた詩は「戸かくし姫」。山の風景は厳しくも、やさしい。 文・三沢明彦 山の庭 タンネ 〒381-4101 長野県長野市戸隠3684-1 TEL026-254-2359 ※月刊「旅行読売」2024年12月号より