「日本現代美術私観:高橋龍太郎コレクション」(東京都現代美術館)レポート。ひとりの精神科医の私観からアート史に新たな視点を加える展覧会
コレクションから感じる一貫した「人間」への関心
高橋コレクションの深化をとらえる第3章では、精神科医である高橋が一貫して関心を持ち続けている「人間/人類」に焦点を当て、奈良美智や加藤泉、舟越桂、千葉正也、森靖といったアーティストの作品が展示される。 また、本章では、高橋コレクションに収蔵されている女性作家の作品がまとめて展示されていた。少女の顔を独自の手法で精緻に描き出す加藤美佳や、フェミニズム的視点から女性の生や社会的抑圧を生々しく描きだす前本彰子、不定形な自己を現実と非現実の中間へと踏み込むような筆致で描き出す山中雪乃など、それぞれ固有のエネルギーに満ちた作品が、わたしたちを惹きつける。 第3章以降の展示から感じるのは、高橋コレクションの深化が常に時代とともにあるということだ。本展では草間彌生や村上隆、奈良美智といった有名作家の作品のみならず、若手作家の作品も数多く紹介されており、各アーティストが様々な手法、関心のもとで人間、そして社会の諸相を描きだしていることが強く感じられた。
東日本大震災―高橋コレクションの大きな転換点
東北地方にルーツを持ち、戦後の復興期に幼少時代を過ごした高橋にとって、2011年に起こった東日本大震災、福島第一原子力発電所事故は非常に大きな出来事であり、本展の第4章「破壊と再生」では震災以降の社会への風刺や、その不安定な空気感をとらえた作品が展示される。 本展のもっとも大きな展示室には、被災地に救援へ向かった名もなき人々を表現した小谷元彦の5mを超える巨大彫刻作品や、震災以降、地球の振動を新しい画材と感じ、ときに土木工事や縫い物などもその手法として制作をする鴻池朋子の作品が展示されている。 ここまで展示を見てきて、やはり思わずにはいられないのが、展示される作品数がとにかく多い、そしてでかいということだ。この作品たちは普段どこでどのように保管されているのだろう……? いや、そもそもどうやって現美(東京都現代美術館の略称)まで持ってきたんだ……? 美術史的な連続性やアーティストひとりひとりの関心をキャプションや作品のディティールを通じて読み取りながらも、ついつい素朴な疑問が浮かんできてしまった。 また、本章を見ていて気が付くのは、震災以降のアーティストたちの表現手法上の変化だろう。たとえば、アーティスト・コレクティヴのChim↑Pom from Smappa!Groupは、福島第一原子力発電所事故の発生した地域にみずから介入し《気合100連発》(2011)という映像作品を、地域の若者と制作する。ここでは主題のための表現というよりむしろ、制作の過程を見せることがひとつの表現となっており、このような現代アートにおける表現の多様化も、本展の展示からは感じ取れる。