小松市のオーベルジュ オーフ 32歳のシェフが「地域と美食」を開拓
小松空港から車で20~30分、小松市観音下町に「オーベルジュオーフ」はある。すぐ隣の田んぼでは黄金色に色づいた稲穂が首を垂れ、その奥には山の尾根が広がるという、日本の里山の原風景のなかに小洒落た建造物が妙になじんでいる。それもそのはず、その建物は廃校になった小学校を再構築して利用している。 シェフを務めるのは弱冠32歳の糸井章太氏。2018年、若手の登竜門ともいえる料理コンテスト「RED U-35」で史上最年少の26歳でグランプリをとった気鋭のシェフだ。当時は芦屋の「メゾン・ド・タカ」で働いていて、その時代、師匠の髙山英紀氏がフランスの料理コンクール「ボキューズ・ドール」に出場する際にアシスタントを務めるなど、豊富な経験を積んでいる。 料理人としての出発点は、辻調理師学校。卒業後フランスへ渡り、アルザス地方の「オーベルジュ ド リル」などで修業を積んだが、コロナ禍にももう一度海外へと、アメリカに渡り、3つ星レストラン「フレンチランドリー」と今はなき3つ星「マンレサ」でも研鑽を積んだ。フランスにおける基礎と、「フランスとこんなに違うのか」と驚くほど自由度の高かったアメリカで学んだ概念が現在の料理に生かされている。 糸井氏が「オーフ」のシェフに抜擢されたのは、運営母体の社長・斉藤雅人氏との縁からだ。「メゾン・ド・タカ」の顧客でもあり、長く糸井氏の成長を見てきた同氏は、「オーフ」以前に、酒造りの神さまとも言われる杜氏・農口尚彦氏のために作られた酒蔵「農口尚彦研究所」のブランディングを手がけた人物でもある。 「農口尚彦研究所」は、米の消費量が減り、耕作放棄地が増えるなど、問題を抱えていた小松市と協力。食用米を作っていた農家に酒米を作らせ、菊姫を引退した農口氏を口説き、最新鋭の設備を備えた蔵とモダンな試飲&販売のスペースを作ったのだ。 ところが、蔵が完成した直後の2018年に、蔵の眼下に見える、地域の象徴でもあった小学校が人口減少のために廃校になってしまった。そこを利用して再度地域を活性化することができないか。そこからオーベルジュを作る計画が始まった。 シェフを誰にするかの協議がなされたときに、糸井氏に白羽の矢が立った。糸井氏も、廃校をオーベルジュに、という壮大な夢と心意気に感銘を受け、その挑戦を決意したのだ。3年前のことである。コロナ禍と重なった1年間の準備期間を経て、2022年7月にオープンにこぎつけた。