4000万円超えも! 6人の時計ジャーナリストが思わずうなった珠玉の腕時計とは?
5. 柴田 充/ユリス・ナルダン「マリーン トルピユール COMMON TIME限定モデル」
ファッションに限らず、別注モデルは時計でも人気が高い。こだわりが込められたレアな限定仕様に加え、そこにはブランド側も気づかなかったような魅力や価値の再発見がある。横浜の時計専門店「コモンタイム」が創業60周年を記念してユリス・ナルダンに別注した限定モデルもそんな一本だ。 ユリス・ナルダンを代表するモデル「マリーン トルピユール」をベースに、グラン・フー・エナメル文字盤を採用。しかも文字盤、パワーリザーブ、スモールセコンドの3枚をそれぞれ別に焼成する手の込んだ古典的技法はエナメルの名門ドンツェ・カドラン謹製だ。 美しい白艶の文字盤を際立たせるため、無粋な日付表示の小窓を省き、文字もロゴ程度にとどめている。さらにこうした別注モデルにありがちなWネームの記載もなく、ただ60周年の歴史をスモールセコンドのブルーの60の数字に込めているのみ。そんな横浜らしい粋も好ましい。 通常の別注モデルではここまでつくり込むのはきわめてまれだ。だがそれが実現したのも両者の思いが合致したからに違いない。 横浜は日本におけるスイス時計発祥の地であり、かつて外国船が寄航した際にマリンクロノメーターの修理やメンテナンスを行ってきた宇津木計器ではいまもユリス・ナルダンの船舶用マリンクロノメーターが多く所蔵されている。こうした歴史ある港町に根ざすコモンタイムにふさわしい時計であり、同時にユリス・ナルダンにとっても幸甚といえるだろう。 個人的にも横浜とは縁があり、20年以上になる。その愛着とともに、航海を支えたロマンチシズムをいつか腕にしたい。
6. 渋谷ヤスヒト/ショパール「L.U.C XPS フォレスト グリーン」
1995年から時計フェアなどスイス時計の現地取材に行き始めて、気がつくと30年間が経った。それだけ通っていると「極上の幸運」に何度か恵まれることがある。 そのひとつが、ここで採り上げたショパールの機械式時計「L.U.C」のシンプルモデル。そのプロトタイプを発表1年前の96年に、当時はまだ「バーゼル96」という名前だった、のちの「バーゼルワールド」のショパールのブースで目撃したこと。しかも、当時としてはまだ珍しかったマニュファクチュール(完全自社開発製造)ムーブメントを搭載したこのコレクションを、偶然にも、幸運にも父の大反対を押し切って立ち上げたショパールの現・共同社長、当時は副社長だったカール- フリードリッヒ・ショイフレ氏自身の案内で見せてもらったことだ。 いまならあり得ないが、ライターの菅原茂さんとふたりでブースに偶然に足を踏み入れた時、ショパールのブースに居たのは、当時38歳のショイフレ氏たったひとり。その奥にひっそり飾られていた「L.U.C」のプロトタイプモデルに興味を示すと、氏はとてもうれしそうに微笑んだ。その笑顔をいまも鮮明に覚えている。薄型ケース、スモールセコンドタイプの文字盤に、センターローター式より薄くできるマイクロローター式の巻き上げ機構を備えた高精度ムーブメントを搭載し、時計の本質的な美しさをシンプルに追求したドレスウォッチ。 この最新モデルには、ショイフレ氏が見せてくれたあのプロトタイプモデル、翌97年発表の第1号モデルのこの精神が見事に受け継がれている。これぞ「L.U.C」の神髄。最高のシンプルウォッチだ。
写真:宇田川 淳