異常気象が常態化!気象予報士の高森泰人さんに聞く、これからの日本の天気
猛暑、ゲリラ豪雨、線状降水帯と、私たちの周りでは異常気象が日常化しつつある。かつては四季の美しい移ろいを感じられた日本の気候も、地球温暖化によって大きく変貌してきている。真夏日のような暑さが春から秋まで続き、短時間に大量の雨が降る「ゲリラ豪雨」が頻発。さらに、「線状降水帯」や「爆弾低気圧」といった聞き慣れなかった気象用語も、日々のニュースに登場するようになった。このような気候変動に伴う気象現象の激じん化は今後も続くのか、日本の天候にどんな影響があるのか。今回は、一般財団法人日本気象協会の気象予報士である高森泰人さんに、近年の異常気象や気候トレンドについて話を伺った。気象予報の現場から見える日本の天気の未来と、私たちが備えるべきことについて深掘りしていく。 「tenki.jp」の「気象予報士のポイント解説(日直予報士)」による11月2日の記録的短時間大雨情報 ■四季の変化に異変あり!地球温暖化で変貌する日本の気候トレンド ーー近年観測されている異常気象や天候パターンの変化について教えてください。 【高森泰人】そうですね、やはり「猛暑」というのがひとつのキーワードになっています。日本全国にアメダスの観測地点があるんですが、日中の最高気温が35度以上の「猛暑日」を記録した場所が何地点あったかを計算してみると、昨年(2023年)は7084地点ありました。そして、今年はそれを超えて1万地点を突破するほどです。今までには考えられなかったほどの猛暑で、期間も長く、日数も増えています。このように、猛暑が顕著な特徴として見られます。 【高森泰人】さらにもうひとつ注目すべきは「短時間に降る強い雨」が増えている点です。気象庁のデータによると、1時間に80ミリ以上の猛烈な雨、いわゆるシャワーの中にいるような激しい雨が、1980年ごろと比べて2倍に増えているんですよ。ここ10年ほどは横ばいではありますが、ひと昔前と比べると、短時間の強い雨は確実に多くなってきています。 【高森泰人】それから、「線状降水帯」という言葉を最近よく聞くようになったかと思いますが、この線状降水帯が発生する頻度も、過去45年間の観測結果から見ると増えてきていることがわかっています。つまり、猛暑と短時間の強雨、この2つが日本の異常気象のキーワードといえるでしょう。 ーー日本全体が亜熱帯気候のようになってきている気がしますね。 【高森泰人】そうですね。地球全体が温暖化している影響もありますが、エルニーニョ現象やラニーニャ現象も関係しています。これらの現象については後ほど詳しく説明しますが、これによって太平洋高気圧の位置が変わっていくんです。今の状況でも、この太平洋高気圧が平年よりも少し北側に位置しています。そのため、相対的に暖かい空気が日本付近まで近づいてきているんです。こうした要因が重なって、アジアの亜熱帯に近い気候に感じられるところがあるのではないかと思います。 ーー現在の気候傾向が、日本の標準になりつつあると考えていいのですか? 【高森泰人】徐々にそうなりつつあると思います。地球全体が以前とは異なる気候パターンになってきているなかで、日本もその影響を受けています。また、高緯度帯や赤道付近に比べ、中緯度帯が特に気候変動の影響を受けやすいと言われています。日本付近もその中緯度帯に位置しているため、影響が大きいんです。ヨーロッパやアメリカも同様の状況だと思いますが、さらに日本の場合は海に囲まれているという特徴も加わっています。 ーーなるほど、そうした地理的環境の影響も大きいんですね。 【高森泰人】そうなんです。日本の気候には、太平洋高気圧がもたらす暑くて湿った空気や、春や秋に影響を与える大陸からの揚子江気団と呼ばれる移動性高気圧、冬の寒気を持つシベリア高気圧、オホーツク海からの冷たくて湿った空気など、さまざまな気団が関わっています。ですが、太平洋高気圧が以前よりも強まり、暑い空気が日本に入り込みやすくなっているんです。そのため、一年を通じて熱帯のような空気に覆われやすくなってきていると言えますね。 ーー日本は地理的に気候の影響を受けやすい環境の国なんですね。 【高森泰人】まさにその通りです。地理的な条件も相まって気候の影響を受けやすい環境にあるうえ、さらに太平洋高気圧が強まっていることで、その影響が一層大きくなっています。 ーー四季のある日本ですが、季節ごとの気候トレンドや、ここ数年で特に顕著な変化が見られる気象パターンについて教えてください。 【高森泰人】一昨年までの傾向として、春の桜の開花時期が非常に早まっているのが特徴的でした。私は今五十半ばですが、昔は学校の入学式のころに桜が咲いていたものです。今では卒業式に桜が咲いていることが多くなり、季節感がだいぶ変わってきています。昔の曲は桜のイメージが入学シーズンと結びついていましたが、今の若い世代の方が感じる桜の季節感は、私たちの時代とは違うかもしれませんね。 【高森泰人】もっとも、今年は開花間近の時期に寒気が流れ込んだ影響で、桜の開花が少し遅れました。1月から3月の寒さが予想以上で、気象庁も含めてあれだけ長く寒い時期が続くとは予測できていなかったんです。ですが、ここ数年間は開花が非常に早く、あっという間に満開になっていました。おそらく来年以降も、桜の開花時期は昨年までの傾向が一般的になるでしょう。 【高森泰人】さらに、夏の期間が長くなっていて、「秋はあるのかな?」というまま冬に突入するような年が増えています。今年もまさにその傾向で、先日の3カ月予報でも11月までは気温が高いとされていますが、12月になると一気に気温が下がり、例年並みの冬に入ると予想されています。 ーー特に今年の秋は、日中ならTシャツで過ごせるほど暖かい日がありましたね。 【高森泰人】私も暑がりなので、日中の暖かさは正直つらいです(笑)。11月まではこの暖かい気温が続くと見られていますが、12月に入ると一気に寒さが訪れ、平年並みの冬になると予測されています。ただ、今年は海水温が高い影響で、雪の量が多くなる可能性があるんです。日本海の水温が高いと、大雪のもととなる水蒸気が多く発生し、冷たい空気が流れ込むと日本海側で大量の雪が降ることが多いんです。例年通りの寒気が入っても、海水温の影響で雪の量に違いが出てくると見込まれています。 ーー世界的な気候変動が日本に及ぼす影響について、詳しく教えていただけますか? 【高森泰人】2023年以降、気温の基準となるベースが上昇し、1週間ごとの気温推移を見ても、平年より高い日が続いている状況です。通常なら、平年より高い時期があれば、それを相殺するように平年より低い時期もあるものですが、最近はずっと高い状態が続いているんです。この高い基準がさらに上昇していくのが、気候変動の大きな特徴だと言えます。また、日本は周囲を海に囲まれているため、海水の温度が高いとしばらくその状態が続きやすいんです。水というものは温まりにくく冷めにくいという性質があり、この性質により日本周辺の海水温が、例えるならば「ぬる湯」から「湯」に変わってしまったような状況になっています。 ーーその状況が持続しているということですか? 【高森泰人】そうですね。日本周辺の海水温が高くなることで、水蒸気量も例年より増加し、それが熱帯地域に似た気候に近づいている要因になっています。海水温が高いと、台風の発達にも影響が出ます。台風は通常、海水温が28度以上で発達しますが、今年フィリピンに影響をもたらした台風20号も例年より高温の海水で強い勢力を維持して通過しました。さらに、台風21号も沖縄の先島諸島に向かって発達しています。東シナ海などの温度が低い海域に差し掛かかると急激に弱まるものの、熱帯低気圧として発達したままの形で11月2日、3日ごろに日本近くまで上がってくる可能性が出ています(※本インタビューは10月28日に実施。実際、11月2日は全国的に大荒れの天気となり、東海道・山陽新幹線が運転を見合わせたり、各地で冠水するなど、大きな影響や被害をもたらした)。それでも、11月に入っても台風が発達するほどの海水温になっているのは異常で、これまで11月に台風が日本に上陸した例はごくわずかです。 ーー確かに、11月に台風の印象はありませんね。 【高森泰人】最も遅い台風上陸記録は1990年11月30日の和歌山県白浜町でした。今年はそこまでには至らないと予測されていますが、10月末でも台風が発生することはやはり異例です。今年は台風だけでなく、海水温が高いことで雪の量も増える可能性が指摘されています。冬場に温かい海水から蒸気が上がり、日本海に冷たい空気が流れ込むと、その温度差で水蒸気がどんどん発生します。温泉に入ると冬のほうが湯気が大きく立ち上るのと同じような現象です。こうした水蒸気が雲を形成し、山間部に雪を降らせるのですが、今後も海水温が高いことで雪の量が多くなると予測されています。 ーー降水量や雪が増える条件が整っているということですね。 【高森泰人】その通りです。北日本の日本海側の海水温も例年より海域によっては約2度高い状態が続いており、こうした海水温の上昇が今後の気候に大きな影響を及ぼすでしょう。高温の海水があることで、台風の発達や大型化、さらには降水量の増加による災害リスクも高まってきます。特に、日本のすぐ南で台風が発生し、そのまま発達して上陸する可能性も増しているので、今後も台風や異常気象に対する警戒が必要ですね。 ■線状降水帯や爆弾低気圧とは?近年よく聞く天気用語を解説 ーー最近よく耳にする天気用語についても教えていただきたいのですが、まず「線状降水帯」についてです。最近は頻繁に聞くようになりましたが、以前はほとんど耳にしませんでしたね。 【高森泰人】次々と発生する発達した雨雲(積乱雲)が列をなし、数時間にわたってほぼ同じ場所を通過または停滞することで作り出される長さ50~300キロメートル程度、幅20~50キロメートル程度の線状に伸びる強い降水域を線状降水帯といいます。線状降水帯という言葉が定義されたことで、ニュースなどでも取り上げられるようになりました。観測技術が向上し、精密な解析が可能になったことも大きいですね。例えば、1982年7月に発生した長崎豪雨も、今でいう線状降水帯によるものと考えられます。昔から存在する気象現象ではあるものの、水蒸気の量が増えたり、観測精度が上がったことで、近年になって特に注目されるようになったんです。気象庁も線状降水帯に関する情報を発信するようになり、それが耳に入りやすくなってきたのではないでしょうか。 ーーなるほど、定義されるとともに耳にする機会が増えたわけですね。 【高森泰人】その通りです。 ーーでは、「爆弾低気圧」について教えてください。具体的にはどのような現象なのですか? 【高森泰人】「爆弾低気圧」は急激に発達する低気圧を指すもので、実は気象庁が公式に使っている用語ではないんです。気象庁の公式サイトには「気象庁が天気予報等で用いる予報用語」として気象用語がリスト化されていて、「爆弾低気圧」はその中には入っていません。気象庁では「急激に発達する低気圧」と表現することが多いですね。 【高森泰人】日本付近の緯度でいうと、24時間で20ヘクトパスカル以上気圧が下がった場合に、一般的に「爆弾低気圧」と言われます。この現象は、春と秋に多く発生します。北からの冷たい気団と南からの温かく湿った気団がぶつかり合うとき、気温差によって低気圧が急速に発達し、強風や大雨をもたらしやすくなります。日本海側を通ると、春なら「春一番」として風が吹き荒れることもあります。秋には「秋一番」という言葉はありませんが、同様に強い低気圧が発生しやすい時期です。特に春先は、積雪のある地域に暖かい空気が急激に流れ込み、雪解けが進むことで下流で増水するケースもあります。そうした間接的な影響を考えても、「爆弾低気圧」は注意すべき現象です。これも日本が中緯度帯に位置しているために、寒冷・温暖の気団がぶつかりやすい地理的条件が影響しています。 ーー大雨といえば、「ゲリラ豪雨」もよく耳にしますよね。 【高森泰人】「ゲリラ豪雨」というのは、局地的に非常に激しく降る雨のことを指しますが、具体的に何ミリ以上というような明確な定義はありません。また、気象庁でも明確に定義しておらず、メディアによっては「ゲリラ豪雨」という表現を控える場合もあります。いわゆるゲリラ豪雨は予測が非常に難しい現象で、気象庁でも時間的なスケールや空間的なスケールの限界があり、予測は難しい面があるんです。 【高森泰人】例えば、梅雨前線や台風は2~3日前から予測が可能ですが、ゲリラ豪雨の場合は予測可能な範囲が2~3時間程度に限られます。梅雨前線はスケールが1000キロメートル程度ですが、ゲリラ豪雨は直径10キロメートル程度の積乱雲が原因で、その影響範囲も30~50キロメートルほどしかありません。さらに、そのなかで竜巻が発生するかどうかを予測するとなると、範囲は100メートル単位になり、発生直前にしか予測できません。そうしたスケールの小ささから、ゲリラ豪雨は予測が非常に難しいんです。 【高森泰人】具体的には今年の夏、埼玉県などで10分単位で雲が急速に発生し、激しい雨が降ったかと思えば短時間で収まる、ということが頻繁に見られました。さらに、「雨柱」と呼ばれる現象もゲリラ豪雨の特徴です。周囲が降っていない中で、狭い範囲に集中して10ミリや20ミリ以上の雨が降ることで雨柱が見えたりします。ゲリラ豪雨は、短時間で小規模ながら非常に強い雨が局地的に降る現象を指すんですね。 ーー昔は、夏の夕方に降る突発的な豪雨を「夕立」と呼んでいましたが、「ゲリラ豪雨」に変わってしまったのですか? 【高森泰人】夕立という言葉は今でも使われていますが、近年は雨の強さやインパクトが増してきており、それに「ゲリラ豪雨」という言葉がしっくりくるようになったのかもしれません。夕立というと、ザーッと降って少し涼しくなり、虹が出ることもあるような「夏の風物詩」のイメージですよね。しかし、ゲリラ豪雨は、川が溢れたり、膝まで水に浸かって歩かなければならないような激甚な現象で、夕立とは印象が違います。気象現象が激しさを増し、ゲリラ豪雨が増えたことで、夕立から言葉が変わりつつあるんですね。 ーーそもそも、こうした気象用語は誰が考えているんですか? 【高森泰人】おもしろい質問ですね。実は、「前線」などの用語も誰が考えたのかはっきりしていません。「桜前線」などの用語はおよそ60年前に広まりましたが、どうもベトナム戦争のころに天気予報番組で使われたのがきっかけとも言われていますが、諸説あるようです。 ーー夏や冬になると、「真冬日」「真夏日」「猛暑日」というワードを連日のように耳にします。これらはどれくらいの気温でそう呼ばれるのですか? 【高森泰人】まず「真冬日」は、1日の最高気温が0度未満の日を指します。「真夏日」は1日の最高気温が30度以上の日、そして「猛暑日」は1日の最高気温が35度以上の日ですね。これらはすべて気象庁が定義しているものです。ただ、私たち日本気象協会では、2022年の夏に「酷暑日」という新しい基準を設けました。これは、1日の最高気温が40度以上の日を指します。東日本では今年7月末までに66回も観測されていて、40度近くまで上がる日も多くなっています。こうした基準を設けた背景には、熱中症の予防啓発があります。気象庁は現在「猛暑日」までしか定義していませんが、気温が上がり続ける傾向が続く中で、40度を超える「酷暑日」も増えていくでしょう。来年も今年の傾向をさらに上回って増加するのではないかと思います。 ーー「エルニーニョ現象」と「ラニーニャ現象」についても教えていただけますか。 【高森泰人】エルニーニョ現象とラニーニャ現象は、海面水温の変動による気象現象のことで、それぞれが異なる影響を与えます。エルニーニョ現象が発生すると、フィリピンやインド洋付近の海水温が平年より低くなります。これにより、積乱雲や上昇気流の発生が例年より少なくなります。その結果、上昇気流と下降気流が弱まるため、太平洋高気圧も弱くなり、日本の夏は比較的涼しくなる傾向があります。 【高森泰人】一方、ラニーニャ現象は逆のパターンです。この現象では、フィリピンやインド洋付近の海水温が高くなるため、積乱雲が多く発生し、強い上昇気流が生じます。これにより、下降気流も増え、太平洋高気圧が強まりやすくなります。結果として、太平洋高気圧が日本付近まで厚く広がり、日本の夏は非常に暑くなる傾向が見られるのです。 ーー今後、我々が理解しておくべき、覚えておくといい気象用語や概念があれば教えてください。 【高森泰人】ひとつは「防災気象情報」についてです。現在、気象警報や注意報、特別警報などの防災気象情報が発表されていますが、これらの体系が将来的に整理され、変更される予定です。例えば、河川の状況はレベル1から5までで危険度が表示されていますが、気象情報にはレベル4までしかないものや、他の情報と整合性が取れていないものもあります。こうした不整合を解消し、わかりやすくするために、国土交通省と気象庁が協議を進めており、洪水注意報などの名称が変更される可能性もあります。この情報は、命を守るための避難行動につながるものなので、どのように変わるか注目していただきたいです。 【高森泰人】もうひとつ注目すべきは「海洋熱波」です。これは海水温が平年以上に高い状態が続く現象で、気象や生態系に大きな影響を及ぼします。最近では、北海道でブリが多く取れたり、利尻や礼文でウニが取れなくなったり、鮭の漁獲量が減少するなど、海洋熱波の影響が顕著に見られます。台風の発達や北日本の異常な高温も、この海洋熱波が関係しているのではないかと考えられており、今後、食料生産や水産物への影響も懸念されます。 【高森泰人】そして最後に、メモとして覚えておいてほしいのですが、「国土交通省と気象庁が共同で記者会見を行うときは、非常に危険な状況にある」ということです。例えば、大雪や台風、線状降水帯の発生、梅雨が活発になって長雨が続くような場合に、両省庁が共同で記者会見を行うことがあります。こうした記者会見が行われるときは非常に警戒が必要で、生命や財産に危機的状況を及ぼす「キケンな状況」だと考えたほうがいいでしょう。そのような際には、気象情報を頻繁に確認し、避難準備などの対策を検討し始めることが大切です。 ■日本の気象を支える最先端の予測システムと防災情報の進化 ーー天気の予測精度を向上させるために利用されている最新の技術やシステムについて教えていただけますか? 【高森泰人】今の天気予報は、観測データの収集、大型コンピューターでのシミュレーション、そして予測結果の補正、この3つのプロセスで行われています。特に、線状降水帯の予測が難しいのは、水蒸気量の正確な観測が難しいためです。そのため、アメダスや気象レーダーなどの観測機器が高性能化しており、水蒸気や雨雲の状況を正確に捉えることが重要になっています。最近では、アメダスの一部で日射量の観測を湿度測定に切り替えるなど、水蒸気量を正確に測るためのシステム改良が進められています。さらに、数値シミュレーションの結果を現実の予報に応用するガイダンスデータも、今ではAIに置き換えられつつあります。AIの学習能力を活かすことで、より高精度な予測情報が得られるようになり、私たち日本気象協会でもAIによる予測モデルの開発を進めています。 【高森泰人】また、気象衛星「ひまわり」からの観測データも飛躍的に増えており、観測機器や衛星データの精度向上によって、シミュレーションに使う元データが充実し、より正確な予測が可能になっています。こうした技術の進化によって、天気予報の精度がさらに高まっている状況です。 ーーAIがどのように天気予報の精度向上に寄与しているか、少し詳しく教えていただけますか? 【高森泰人】AIの活用が予報精度に貢献しているのは、予測シミュレーションの結果に補正を加えられる点にあります。現在、2キロメートルや4キロメートルといった細かい精度でシミュレーションを行っていますが、それでも計算上表現できない要素や不足している情報が残る場合があります。AIはそのような「存在しない要素」を補完し、予測結果に反映することができるのです。 ーー日本の天気予報の技術について、他国と比較した際の強みや特徴があれば教えてください。 【高森泰人】日本の天気予報の強みは、気象観測データの計算に使われるコンピューターの性能もさることながら、その計算精度の細かさにあります。例えば、ヨーロッパの気象予報モデルでは、予測精度を10キロメートル単位に設定して計算していますが、日本の気象庁や日本気象協会では、2キロメートルから5キロメートル単位まで細かく予測を行うことができるんです。この高精度な計算が、日本の天気予報の大きな特徴であり、強みと言えます。 【高森泰人】日本は地理的に中緯度帯に位置し、気団の境目にあるため、災害リスクが高い地域が多いんです。そのため、ゲリラ豪雨や線状降水帯といった局地的な気象現象の予測精度を上げる必要があり、特に地域ごとの警報や「キキクル(危険度分布)」のような詳細な情報の提供にも力を入れています。こうした詳細な予測情報は他国にはないもので、日本の気象予報がより高度化されている部分ですね。また、予測の速さも重要で、計算が迅速に終わらないと予測自体の価値が損なわれてしまいます。そのため、日本では計算時間を最適化し、短時間で精密な予測ができるシステムが構築されています。こうした細かくリアルタイムに近い予測が、日本の気象予報の特徴といえますね。 ーーそう言われてみると日本の天気予報は緻密ですよね。 【高森泰人】そうなんです。ヨーロッパは生活のリズムに合わせて中期予報、つまり数日から1週間先の予報を重視する傾向があります。特にバカンスが大切な文化なので、先の天気を見て予定を立てることが多いんですね。私たちも中期予報の面ではヨーロッパの予報モデルを参考にさせてもらっています。 【高森泰人】一方で、日本では1時間後や5分後の天気を知りたいという、超短期予報が求められる傾向があります。日本の予報は、生活に密着している分、より細かく精密な情報が重要視されるんです。実際、海外から来られた方が驚かれるのは、この細かすぎる天気予報ですね。「これほど細かい予報が必要なのか?」とよく驚かれますが、日本ではそれが普通なんです。 ーー現在の防災情報の具体的な提供方法について教えていただけますか? 【高森泰人】台風の場合、気象庁は5日先までの進路予測を出していますが、日本気象協会では、気象庁の予報モデルだけでなく、他国の予報モデルも参考にして、10日先までの台風進路を予測することもあります。台風進路の予測では、確実性が増すように、複数のシナリオを用意します。例えば、進路の可能性を40パーセント、25パーセント、20パーセントといったように3つのシナリオを示し、台風の進路とともに、雨や風のピークを予測します。これによって、いつ雨がピークを迎えるか、河川やダムの水位がどれだけ上がるかなどを見極め、インフラ管理にも役立てていただけるようにしているんです。 【高森泰人】また、防災情報は、「tenki.jp」の「気象予報士のポイント解説(日直予報士)」や防災レポートといった形でも提供しています。これにより、台風や豪雨の際、100ミリ超えや200ミリ超えの降水が発生する確率をパーセントで予想、表示し、わかりやすく伝えるよう工夫しています。例えば、房総半島では200ミリを超える確率が100パーセントでも、駿河湾では20パーセントといったように、リスクを細かく示して、視覚的に理解しやすい防災情報を提供しています。 【高森泰人】このリスク情報には、アンサンブル予報と呼ばれる技術を使っています。最初の予測計算で51通りの微妙に異なるシナリオをシミュレーションし、そのばらつきを分析して確率を算出するんです。こうして得られたシナリオに基づいて、複数のケースを想定した情報を提供します。「このシナリオではこの時間帯に雨がピークになります」「風はこの時間帯に強まります」といった形で、具体的なリスク情報を提示できるんですね。これにより、設備やインフラの管理を行う方々に、より適切に活用していただける防災情報を提供できるよう努めています。 ーー災害時に取るべき行動や対策について、日本気象協会が伝えている重要なポイントがあれば教えていただけますか? 【高森泰人】災害時に重要なのはリスク情報を早期に把握し、最適な判断を行うことです。台風の場合、1週間ほど前から「台風が接近しています」と警告が始まりますが、その時点で予測には複数のシナリオがあります。例えば、「最も危険なパターン」「雨は少ないが風が強いパターン」「影響が軽度なパターン」といった複数のシナリオを提供することで、どのパターンが発生しても備えられるよう情報を工夫しています。こうしたシナリオがあることで、利用者は自分が取るべき行動を判断しやすくなるのです。 ーーなるほど、自分が動く際の指針になるわけですね。過去の経験から、効果的な情報提供の方法や、今後強化したい点があれば教えてください。 【高森泰人】そうですね、災害情報提供において重要なのは、単なる「総雨量」ではなく、その地域ごとの影響度を把握することです。例えば、100ミリの雨量は和歌山県南部では日常的なものですが、北海道で100ミリ降ると非常に大きな影響が出て、河川の氾濫などが起こりやすいです。そのため、日本気象協会では全国各地の降雨量や被害データをもとに、過去の最大降雨量と比較し、今回の雨がその地域にどれほどのインパクトを与えるかを算出しています。 【高森泰人】私たちはこの指標を「既往最大比」と呼んでおり、例えば「既往最大比が150を超える場合、人命に関わるリスクが高まる」といった形でリスクを伝えています。この指標により、どの程度の雨量がその地域にとって危険かがわかりやすくなり、人々の避難判断やインフラ管理の際に役立ててもらえるようにしています。このように、地域に根ざしたリスク情報を提供することが今後も重要だと考えています。 ーー天気にまつわる仕事も、さまざまな分野に広がっているわけですね。 【高森泰人】本当にそうですね。日本気象協会は戦後、1950年に設立されました。もともとは戦後の荒廃した国土の強靱化、特に橋や河川、ダムの整備など大規模な建設に必要とある気象情報、防災情報を提供してきましたが、今では洋上風力発電や太陽光発電といった再生可能エネルギーに関するコンサル業務も重要な業務のひとつとなっています。 【高森泰人】例えば、洋上風力の発電施設の設置場所を選定する際に、その地域の風の特性や天候パターンを調査しますし、太陽光発電の発電量予測も、気象データを用いて行っています。再生可能エネルギーの発展に伴い、こうした気象データの活用がさらに重要になってきているんです。 ーーそれは、全く予想できない事業でした。気象データは我々だけでなく、さまざまな企業の事業にも役立てられているんですね。本日はありがとうございました。 気候変動の影響が身近に感じられる昨今、天気に対する私たちの意識は確実に変化している。日本における猛暑や線状降水帯の増加、台風の発達により、かつての四季の姿は徐々に変貌しつつある。今回、高森泰人さんから聞いたお話は、まさにこの「異常」が当たり前となりつつある現実を突きつけてくれるものだった。日々進化する予報技術と防災システムに支えられ、私たちは新たな気候環境と共存していくための準備を求められている。気象予報は単に天気を伝えるだけでなく、災害リスクの把握や避難指示、再生可能エネルギーといった分野にも影響を与える。その重要性が今後ますます増していくなか、個々に天気予報をチェックし、いざという時に判断する意識を高めておくのがベストだろう。 取材=浅野祐介、取材・文=北村康行、撮影=藤巻祐介