米中貿易戦争で米国も中国も大打撃は受けていない
米中貿易戦争が世界経済の不透明感を高めているのは誰もが知る事実ですが、一方で当事者である米国と中国の経済指標に目を向けると、意外にも現在のところ大きな変化はありません。以下では、関税の影響が最も強く出そうな2つの尺度に注目します。(第一生命経済研究所主任エコノミスト・藤代宏一) 【グラフ】“諸刃”の追加関税 トランプはなぜ強硬策を続けられる?
●中国の統計指標
一つ目は、9月2日に発表された8月の中国製造業PMI(企業景況感指数)です。この指標は企業に前月との比較で「生産高」「新規受注」「雇用」「在庫」「納期にかかる時間」などがどう変化したのかを「増加」「不変」「減少」の3択で回答してもらい、それを数値化したものです。GDP(国内総生産)など政府統計に比べて公表が早い上、(定量的な質問を基に作成されるため)心理的要素が混入しにくいという長所があることから、市場関係者の間で非常に注目されています。現在のようにトランプ大統領の言動によって心理面での不安が増幅されている中では特に注視すべき指標です。 8月のPMIは50.4と7月から0.5ポイント上昇し、3か月ぶりに50の大台を回復しました。50.4という数値は、好・不況の目安とされる50を上回っているほか、直近12か月平均の49.9や2015~16年の中国ショック時を明確に上回るレベルです。方向感でみても直近6か月程度は概ね横ばいで安定していますから、全体の評価としては「まずまず」という表現が妥当に思えます(ちなみに同一基準で作成される日本の製造業PMIは49.3)。PMIのサブ項目では「生産高」「新規受注」が節目の50を上回っているほか、「雇用」が改善傾向にあります。その他にも「受注残」が増加するなど、製造業の底堅さが示されています。 したがって、PMIを額面どおり受け止めれば、現在のところ中国が米中貿易戦争で深刻なダメージを被っているとはいえません。背景には、(1)中国政府による内需刺激策、(2)米国への駆け込み輸出、(3)ベトナムなどを経由した米国向け迂回輸出、(4)人民元安など、さまざまな要因があると考えられます。