柏木陽介が明かす“ミシャ”との秘話 恩師に「愛が深いなと感じる」訳【インタビュー】
ペトロヴィッチ監督は「愛が深い」
06シーズンの広島は序盤に低迷していたなかでペトロヴィッチ監督が就任した。ペトロヴィッチ監督は若手を積極的に起用する方針であり、それまで出番のなかった柏木氏は攻撃的MFとしての出場が増加した。主力に定着すると、このシーズンはリーグ戦17試合1ゴールを記録し、シーズン終盤の快進撃に貢献した。 一気にプロとしてキャリアが進んだのは「ミシャ(ペトロヴィッチ監督の愛称)のおかげ」と柏木氏は語る。「練習で評価してもらえて、そこから試合でも起用して、自分を見出してくれた恩師。今でも感謝しているし、出会ってなかったら今の自分はなかった」と感謝の言葉を続けている。 「ミシャ式」という言葉があり、ペトロヴィッチ監督が用いる特徴的な戦術やフォーメーションの通称で、他チームでも類似の戦術、フォーメーションを用いる場合にそう呼ばれる例がある。ペトロヴィッチ監督が広島の監督を退任後、その座を引き継いだ森保一監督が用いた3-4-2-1の布陣も同じくミシャ式と呼ばれ、12、13年シーズンを連覇し、15年もリーグを制した。 ペトロヴィッチ監督の当時の練習は「普通にきつかったし、走る練習が多かった」と、柏木氏は明かしたが、「練習では内容含めて細かいところまで伝えてくれるし、愛が深いなと感じる」と、人に寄り添うスタイルだと言及している。 「まずサッカーがブレない。チームが勝てない、上手くいかないとか、時代の流れでスタイルを変えてしまうのは昔からあったけどミシャはなかった。指導の部分でいうと例えば、『今のシュート入ったけど、こっちは見えていたのか』とか、細かいところまでとことん突き詰める人だった。いいプレーをした時にそこまでそういう風に伝える人はこれまでいなかったし、1人1人に対して真摯に指導していて、選手にとっても選択肢が増えていたので、素晴らしいと思った」と恩師の指導ぶりを絶賛している。 ペトロヴィッチ監督は06年に来日以来、広島で6年、浦和でも6年、現在は札幌で7年目の指揮を執っているが、国内でこれまで監督を続けられる外国人も珍しいなかで、必要とされる理由を柏木氏が明かしている。 [プロフィール] 柏木陽介(かしわぎ・ようすけ)/1987年12月15日生まれ、兵庫県出身。サンフレッチェ広島ユース―広島―浦和レッズ―FC岐阜。恩師のペトロヴィッチ監督に見出され、代表まで駆け上がった。現在は古巣の岐阜でクラブアンバサダーを務める傍ら、地域貢献を目指し鵜飼観覧船の船頭も務める。J1通算392試合56得点、J2通算31試合4得点、J3通算61試合1得点。日本代表通算11試合に出場。
FOOTBALL ZONE編集部・小西優介 / Yusuke Konishi