日本で食べ歩きに熱中するタミル人男性 なつかし「母の味」
インド、ネパール、バングラデシュ……、日本で出会うことが多いインド亜大陸出身の人たち。日本では普段、どんな食事をし、どんな暮らしをしているのでしょうか。インド食器・調理器具の輸入販売業を営む小林真樹さんが身近にある知られざる世界の食文化を紹介します。 【画像】もっと写真を見る(13枚)
来日した母がふるまう「プラーオ」
「『隣のインド亜大陸ごはん』いつも楽しく読んでいます。どうしてウチは訪問してくれないんですか?(笑)」 そんな冗談めかしたメッセージをくれたのは、タミル出身の友人ムトゥさん。文面だけだと、まさかインド人が書いたとは思えないほどナチュラルな日本語だ。 食べ歩き好きのムトゥさんとは、よく新規オープンしたインド料理店の情報交換をしたり、気になるインド料理店に一緒に行ったりする関係だ。ご自宅にお邪魔して家庭料理をごちそうになったこともある。 そんなムトゥさんからの願ってもない提案に、一も二もなく応じさせてもらうことにした。 ムトゥさんのお住まいは「日本のインド人街」としていまや有名な江戸川区西葛西の公団住宅。一度訪問して勝手知ったる団地内をずんずん進んでいくと、ムトゥファミリーが笑顔で「ワナッカム(タミル語で「こんにちは」の意味)」と迎えてくれた。台所の方からは、食欲を刺激するいい香りが漂ってくる。 「今日は特別に、お母さんにボクが学生時代によく食べたプラーオ(インドの炊き込みごはん)を作ってもらったんです」 タイミングよく故郷からお母さんが来日中で、ならばとムトゥさんは私のために趣向を凝らし、自分がかつてよく食べていた「おふくろの味」をふるまってくれることにしたのだ。これは貴重である。 香りに吸い寄せられるように台所を見学すると、圧力鍋の中にはあらかた出来上がったパッタニ(グリーンピース)入りのプラーオと付け合わせのナスを具にしたピーナツ味のダルチャ(汁物)、さらにヤム芋のフライ、マトン・スープなどが並んでいる。 これらはお母さんと妻のビサリさんが作ったものだが、これに「YouTubeを見て作りました」とムトゥさんが胸を張る、油たっぷりのスパイシーなマトン・チュッカが加わる。インドではまだまだ台所に立つ男子は少数派だが、後述するようにムトゥさんはそうした既成概念にとらわれることを何よりも嫌う人なのだ。 さらにビサリさんお手製のデザート、セモリナ粉を甘く味付けしたケーサリーも添えられた。デザートというと食後というのがわれわれの一般常識だが、タミル地方には必ずしもそれが当てはまらない。最初のひと口をケーサリーのような甘味で、という食べ方がむしろ普通なのだ。私もそれに倣ってまずケーサリーからいただくことにした。 「この子が学生だったころは、このプラーオをよくお弁当に詰めて持たせたものですね」 お母さんが懐かしむようにいう。よく味のしみたプラーオはさっぱりとしていて、ダルチャやマトンといったおかずによく合った。ヤム芋のフライはホクホクした食感がたまらない。私は隣でプラーオをおいしそうに食べているムトゥさんの、学生時代の姿を想像した。