阿川佐和子「小物好き」
阿川佐和子さんが『婦人公論』で好評連載中のエッセイ「見上げれば三日月」。今年は2年ぶりにひな人形を出したという阿川さん。飾り付けているうち紙箱の中から小さい人形や小物が続々と現れたんだそうで――。 ※本記事は『婦人公論』2024年5月号に掲載されたものです * * * * * * * 小さい頃から小さいものが好きだった。 そのことを思い出したのは、ひな人形を飾ったせいである。 やや旧聞に属する話題で恐縮ながら、今年は二年ぶりにひな人形を戸棚の奥から引っ張り出してきた。去年は引っ越し騒ぎのさなかにあり、飾ることを断念していたのだ。新しい住処でお披露目するのは初めてである。さてどこに飾ろうか……。 私が持っているひな人形は、母が嫁入りのときに持ってきたものだと伝え聞いている。 高さ三センチほどの木彫りで、男雛、女雛、三人官女と五人囃子。あとはぼんぼりと、後ろに立てかける海山の風景が描かれた屏風だけ。 どれもあちこち色が剥げている。三人官女のうち二人は顔の半分が欠けた状態だ。
私が子供の頃、その人形たちはもう少しマシな様子だったと思うけれど、出し入れを繰り返し、引っ越しのために移動させ、しだいに傷がついていったようだ。 無理もない。母がいくつのときにそのひな人形を手に入れたのかは知らないが、幼い頃と推測すれば、もはや九十年以上の古物という計算になる。 以前は人形を飾るための漆の飾り台や赤い毛氈もあった気がするが、いつのまにか紛失した。残っている平飾り台は脚付きのお内裏様用のものが一つだけ。 しかたがないので黒塗りのお重を上下ひっくり返して置き、その上にお重よりやや小さい漆っぽい厚手の黒い板(はて、なんの飾り台だったか覚えがない)を、さらにお内裏様用平飾り台を乗せ、なんとか三段にしつらえる。 当座しのぎの寄せ集め三段飾りではあるけれど、それなりに格好がついた。
ふと見ると、ひな人形の飾り台に使ったお重の蓋がぽつんと一つ残っていることに気づく。 せっかくのひな祭りである。この蓋の上にもなにか飾ろうではないか。 ひな人形セットが入っていた紙箱を漁る。と、薄紙に包まれた小さい人形や小物が続々と現れた。いくら小さいもの好きとはいえ、よくぞこんなにたくさん残してきたものだ。 ミニチュアの急須と茶碗セット。白酒と表に書かれたミニチュア徳利と漆風の赤いお猪口。高さ三センチに満たない細くて小さなこけし一対。こけしの顔をしたひな飾り。そして桃太郎チーム人形が三体。桃太郎と、猿とキジの面を頭に乗せた白い顔の人形である。 犬の姿が見当たらない。犬だけ行方不明。