阿川佐和子「小物好き」
ひな飾りは早めに飾って早めにしまうもの。そうしないとお嫁に行けなくなりますよ。 若い頃、大人に何度忠告されても私はいつも飾り出すのが遅かった。 「あら、もうすぐひな祭りじゃないの!」 一週間ほど前に気がついて、慌てて戸棚を漁り出す。いつもそんな調子だったので、二十代の終わり頃には胸が痛くなった。 「やっぱりおひな様をちゃんと期日に飾らなかったせいかしら」 もはやそんな心配も消え失せた。 そもそも私は誰のためにひな人形を飾っているのだろう。もはや女の子でも嫁入り前の娘でもない。娘も孫娘もいない。この人形たちの前に立ち、どんな願い事をすればいいのか。 そして勝手に宗旨替えをした。小さな職人たちの技を見直すため。小さなものへの愛着を確認するため。 いつかこの古びたひな人形とその仲間たちを大切にしてくれそうなお嬢さんに出会ったら、「お譲りしますよ」と言ってみよう。それまでは、ピンクの草履に至るまで私が大切に保管します。でも、私のような古くて小さいもの好きが、はたして見つかることやら。
阿川佐和子