阿川佐和子「小物好き」
続いてどんぐりのような帽子をかぶった童顔のお囃子トリオ。 これも最初は五体あったのかもしれない。が、現存するのは鼓と笛と小太鼓奏者の三人だけ。 あとはミニ起き上がりこぼし二つと、絵柄のついたハマグリの上に一センチほどの大きさの木彫りのじいさんばあさん人形が一対。 それらと一線を画して一人気取った顔でポーズを決めている五センチほどの高さの石膏製日本人形。私の持っている小物シリーズの中ではいちばん背が高い。そして紙とモールでできたピンクの草履。 ピンクの草履は飾り場所に迷った。それだけを仲間はずれにするのは可哀想なので、とりあえず飾り台の隅っこの手前に揃えて置いてみた。
「あら、かわいい~」 飾り終えたひな壇を見て秘書アヤヤが優しい声を上げた。ふと目を見張り、 「でも、この草履は、なんですか?」 聞かれてもわからない。 「まあ、草履は揃えて脱ぎなさいという印?」 アヤヤが情けなそうな顔で笑った。
なんでこんなガラクタのような細々したものを後生大事に溜め込んでいたのだろう。 でもよく見ると、たしかに剥げたり古びたりはしているが、顔の表情やきものの柄にいたるまで、実に丁寧に描かれている。こんなに小さな人形や小物を作った職人がいたのかと思うだけで感動するではないか。 きっと、幼い頃から私にとってはこれらすべてが宝物だったのだ。そして歳を重ねるに従って制作者の気持に思いを馳せるようになり、おいそれと捨てる気が起こらぬまま、半世紀以上の月日が流れた。 小学生の頃、友達の家に遊びにいって仰天したのを思い出す。生まれてこのかた、高さ三センチのおひな様しか見たことがなかった私の前に、自分の背丈よりはるかに高いひな飾りが飾られているのを目の当たりにしたからだ。 七段もある。しかもそれぞれの人形は、ひっくり返したご飯茶碗よりはるかに大きい。色もきらびやかで豪華絢爛だ。 「へえええええ」 私はしばし見とれた。すっかり負けた気分に陥った。他人様の家ではこんなに大きなひな人形を飾るものなのか。 しかしウチへ帰って、小ダンスの上に飾られた母の小さなひな人形を見つめるうちに、 「こっちのほうが好きだ!」 はっきりとそう思った。以来、私はどんなに立派なひな人形を見かけても、羨ましいとは思わなくなった。そして母の古びたひな人形を一生、大事にすると心に決めた。