「マンションから落ちる前に読んでいたら…」窪塚洋介が転落事故を追体験した遠藤周作の小説とは(レビュー)
TVドラマ「金田一少年の事件簿」でデビュー後、「GO」「池袋ウエストゲートパーク」「ピンポン」、そしてマーティン・スコセッシ監督作品「沈黙―Silence―」など話題作に出演する俳優の窪塚洋介さんが、「マンションから落ちる前に読んでいたら」と転落事故を回想しながら選んだ遠藤周作の作品3冊を紹介。
窪塚洋介・評「遠藤周作は到達している」
汚くて醜くて狡猾。マーティン・スコセッシ監督作品「沈黙―Silence―」(2017年公開)で俺が演じたキチジローは、原作では弱さの権化のような男だった。でも圧倒的に面白い人間で、俳優なら誰もがやりたい役だと思う。キチジロー役に決まったときは感無量。ドッキリかなって思ったくらい。 マーティンとの初めての食事会で「キチジローは裏の主役」って言われたんですよ。俺、マーティン・スコセッシの映画で主役なんだ。しかも超重要な。喜びを感じる一方で強烈なプレッシャーに押し潰されそうになった時、救ってくれたのが「キチジローは私です」っていう遠藤先生の言葉だった。自分の中から何を引き出したらキチジローを生きられるか不安な中、この言葉を支えにキチジローを全うできた。
踏んで生きるか、拒んで死ぬかの世界で、キチジローはめっちゃ軽く踏む。しかも何度もね。最初は躊躇して踏むけど、アイツ、段々踏み慣れてくるんですよ。現場ではStep on Jesus danceなんて冗談が飛び交うくらいだったけど、俺は奴が強くなったと思った。成長といってもいい。踏んでも心は侵されないことに気付いたんですよ。言葉には出来ないけど誰よりも「神は自分の中にいる」と信じて体現しているのがキチジロー。言葉は持っているけど体現できないのがロドリゴ。これがマーティンの言う表と裏の存在だと思う。 役作りの最中、自分の中に埋まっている汚らしく情けない、蓋をしていた出来事を引きずり出して追体験したんです。20年前マンションの9階(高さ29メートル)から落っこちました。朝スーツケースを玄関に置き、わかめの味噌汁を飲んでいる側で、息子がハイハイをしている。それが最後の記憶で目を覚ましたのは3日後。なんで落ちたのか全く記憶にない。自分の人生の一番の七不思議。当時は苦しみましたよ。仕事で迷惑はかけたし、俳優人生終わったと思ったし。あの時の嫌な自分を引きずり出すと、心の居場所がなくなって落ち着かなくなり、手がソワソワ動くようになった。このとき、キチジローの精神と同調できたと思った。