「マンションから落ちる前に読んでいたら…」窪塚洋介が転落事故を追体験した遠藤周作の小説とは(レビュー)
俺が転落事故によって仕事で迷惑をかけたことが罪ならば、罪を償うとはどういうことかを突きつけられたのが『海と毒薬』。生体解剖に参加した戸田医師の手記〈他人の眼や社会の罰だけにしか恐れを感ぜず、それが除かれれば恐れも消える自分が不気味〉には痺れた。こんなことを言ってしまっていいんだろうか? 言葉にすることさえ憚られる。善悪を超越した「生きる」を表現した言葉だと思う。もう遠藤周作は「到達している」という感じがする。人間の心の恥部にライトを当てて、オブラートに包まず作品に昇華させて、登場人物の台詞として生々しい響きを持たせることができるほど自分を掘り下げることができていたのかと思うと、遠藤周作には驚愕しかない。 キリストの生涯を辿った『死海のほとり』も大事な作品だと思う。俺の家は仏教徒、本人は窪塚教徒の多神教だからキリスト教の世界もすんなり入っていける。神という言葉に抵抗があるなら、『深い河(ディープ・リバー)』に出てきたように玉ねぎでもいい。一神教でも多神教でも結局は同じ場所に行き着くんじゃないかな。良いものは良い。好きなものは好き。ありがとう、と言い合える。そういう者同士が手を取り、肩を抱き、尊重し合って生きられる時代を遠藤先生は作品で表現していると思う。
家に遠藤周作日めくりカレンダーがあって、特にお気に入りなのが8日。〈今こそ生活のために生きるのをやめて、人生のために生きよう。〉この言葉がいつも見えるようにしています。 俺は生活のために役を引き受けることはない。一回もなかったといっても過言ではない。だけど、それに付随する副業は食べていくためにもやっている。生活なのか人生なのか、境界線を曖昧にしてバランスを取るようにしています。バランスって大事。俺と先生はバランス感覚が似ている気がする。 この日めくりカレンダーで違うと思った言葉はひとつもない。9日〈悪いことはいいこと、いいことは悪いこと、となることがあるんです。〉その通り。No rain, No rainbow。当時は苦しんだけど、今はマンションから落ちて良かったと思えている。自分をめっちゃ強くしてくれたから。 遠藤先生は強烈に厳しいようでいて、「まだ大丈夫だよ」といつも言ってくれるんだよね。マンションから落ちる前に読んでいたら、俺の人生どうなっていたかな。 [レビュアー]窪塚洋介(俳優) 協力:新潮社 新潮社 波 Book Bang編集部 新潮社
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