バイデン大統領が日本製鉄によるUSスチールの買収計画に中止命令
日米外交関係と海外からの対米投資に悪影響
買収計画の中止命令は、日本製鉄に原則として30日以内の買収計画の終了を命じるものだ。CFIUSが期限を延長しない限り、2月2日までにCFIUSに買収計画の放棄証明書を提出しなければならない。 他方、日本製鉄とUSスチールは、今回の判断は適正な手続きが取られず、法令違反だとして米政府を提訴する方針を明らかにしている。声明で両社は「この決定はバイデン大統領の政治的な思惑のためになされたものであり、米国憲法上の適正手続きと、CFIUSを規律する法令に明らかに違反している」と批判している。 その上で、「同盟国である日本をこのように扱うことは衝撃的で、非常に憂慮すべきことだ。米国へ大規模な投資を検討しようとしている米国の同盟国を拠点とするすべての企業に対して、投資を控えさせる強いメッセージを送るものだ」と厳しく非難した。
保護主義的な政策が米国企業の一段の競争力低下をもたらす
ただし、訴訟で大統領の買収中止命令が覆ったことはこれまで一例しかなく、日本製鉄にとっての先行きの見通しはかなり厳しい。1月20日に就任するトランプ次期大統領が大統領令でバイデン氏の命令を無効にすれば、買収への道も開けてくる可能性はあるが、トランプ氏もこの買収に強く反対していることから、それが実現する可能性は低いだろう。 USスチールは今まで、経営危機が生じるたびに、政府に働きかけて関税など保護主義的な政策を引き出し、雇用や生産を守ろうとしてきた。今回の買収計画では、USスチールの経営陣、従業員、株主は賛成しているという点が過去とは異なる。しかし、政府は政治力を用いて日本企業によるUSスチールの買収を阻止する姿勢であり、保護主義的な手法を用いて米国企業を守ろうとする過去の手法と共通する面はあるだろう。しかしそのような姿勢こそが、USスチールなど米国企業の本格的な構造改革を先送りさせ、競争力の低下をもたらしてきたのではないか。 トランプ次期政権も、追加関税を導入することで、国内企業と雇用を守る姿勢だ。しかしそうした保護主義的な政策は、やはり米国企業の国際競争力を低下させ、ひいては米国経済や雇用に悪影響を与えることにつながりかねない。 このような点から、今回のバイデン政権による買収計画阻止は、トランプ次期政権の経済政策が抱える問題点を先取りしている面がある。 (参考資料) 「USスチール、再建難しく 高炉閉鎖や本社移転に現実味」、2025年1月4日、日本経済新聞電子版 「日鉄、米政府を提訴へ 「法令違反」USスチールと共同声明」、2025年1月4日、毎日新聞速報ニュース 「日鉄、米政府を提訴も挽回難しく トランプ氏も「反対」」、2025年1月4日、日本経済新聞電子版 「日鉄の買収計画頓挫、米の「象徴」壁高く 政治に翻弄」、2025年1月4日、日本経済新聞電子版 「日本製鉄のUSスチール買収中止命令 バイデン大統領発表」、2025年1月4日、日本経済新聞電子版 木内登英(野村総合研究所 エグゼクティブ・エコノミスト) --- この記事は、NRIウェブサイトの【木内登英のGlobal Economy & Policy Insight】(https://www.nri.com/jp/media/column/kiuchi)に掲載されたものです。
木内 登英