考えさせられるハガキ、ほろりとさせるハガキ、ぷっと吹き出してしまうハガキ……。漫画家・やなせたかしさんが、あまりにも悲しい「ごめんなさい」は選ばなかった理由
悲しくはないが、考えさせられる内容のハガキ
こうしてあまりに悲しい内容は選ばなかったやなせさんだが、考えさせられるハガキは何通も入賞させている。 〈レジで2000円札を出しました。おつりが3000円きました。そのままいただきました。気分は晴れのち真暗でした。今も思い出すと真暗です。神さまごめんなさい!(第2回)〉 支払った額はちょうどだったが、あまり流通していなかった2000円札を差し出したので、レジ係は5000円札と間違えた。だから3000円ものお釣りをくれたのだろう。後で売上と残金の額が合わず、レジ係は困ったはずだ。筆者はよほどの罪悪感にさいなまれたのか、ハガキの縁取り模様として、青と赤の「ごめんなさい」を10個も書いていた。 〈 電車の時間を気にして、私も母も焦りながら車を運転していた。一方通行を通った時、道のまん中を悠々と歩く人を発見。「どうして端を歩かないのかしら」と、クラクション。それでも道のまん中での~んびり。イライラしながら側溝ギリギリまで車を寄せてどうにかその人を追いこした。追い越しざまに、その人を見ると…白杖。私も母も無言になった。ごめんなさい。今でも思い出すと胸が痛みます。(第3回)〉 涙が描かれていた。 〈 会社で働き盛りだった頃、私は社員の採用を担当していた。ある年、面接試験で大きなマスクをした女子学生と向かい合った。筆記の成績は抜群である。 「風邪ですか?」 「いいえ」 「ではマスクを取って下さい」 うつむいてからゆっくり上げた裸の顔には、右の目の下から口にかけ、写真には無い赤黒い模様がべっとりと張り付いていた。 目は泳ぎ悲しげであった。 サービス業という事もあり、会議の末結局不採用とした。 娘達が嫁いだ今でも自問自答する。 『事務職だってあったのに……』(第4回)〉 ハガキには文章の背景に、涼やかな目をした聡明そうな女性の顔が左半分だけ描かれていた。