江口洋介・主演、蒔田彩珠・出演「誰かがこの町で」至るところに“同調圧力”あり?! コロナ禍の胸糞悪い記憶を想起させるサスペンス 原作に忠実なドラマ版と、輪をかけておぞましい原作を解説!
■原作の胸糞悪さはドラマの上を行くぞ、震えて眠れ!
共感能力の高い人はドラマを見てると辛くなるかもしれない。癒やしがでんでんしかないんだもん。でも大丈夫だから! 最終回に怒涛の展開があるから! それに、まだドラマの方がマイルドなのだ。原作はもっと微に入り細を穿って胸糞悪いぞ。何が胸糞悪いって、原作には普通の人が同調圧力に巻き込まれておかしくなっていく様子がしっかり描かれるのである。木本家の夫であり殺された貴之少年の父だ。ドラマで演じたのは戸次重幸さん。 もうこの夫が! 夫がダメすぎる! ドラマでは比較的序盤から「町民側」の夫だったが、原作ではことあるごとに「前の夫はこんなじゃなかった」という妻の独白が入るため、彼の変化が如実にわかる。前は妻の家事に感謝して、頼み事をする時には申し訳なさそうにしていたのに、いつの間にか「女は黙って俺の言うことを聞いていればいい」という態度になる。その町が、夫唱婦随の夫婦の形を「是」としていたから。 町がよそ者を排斥する様子も原作はすごいぞ。インフルエンザの流行時にはすべてのよそ者の流入を禁じるのだ。荷物の配達などは町の境界に置き場所を設ける徹底ぶり。それでも罹患者が出たら、犯人探しが始まる。 何それ、いやだなあと思った? でもそれに近いことがコロナ禍のときにあったじゃないか。確かに町の描写は極端だ。けれど前述したように、作者は物語の中に他の同調圧力の例を盛り込んでいく。自分がいじめられないよう、いじめる側に加担してしまった真崎の娘。会社のリコール隠し(ドラマでは政治家の裏金作り)を生活のために受け入れた真崎。「夫婦はこうあるべき」という刷り込みに従ってしまう木本家の夫。この町みたいなことはしないと思う人でも、ではこれならどう? とばかりに、日常の中の同調圧力が手を替え品を替えて登場する。 同調圧力に屈して仕方なく選んだ道のはずが、いつの間にか普通になり、身勝手な〈正義〉に酔っていく描写のおぞましさとみっともなさ。本書を読んで、あるいはドラマを見て、胸糞悪いと思う一方で、自分は似たようなことをしていないか? と、少し怖くなった。 だが、これから最終回を観る人は期待していい。これは同調圧力に抵抗する人たちの物語だから。一度は屈してしまった人が、遅きに失したかもしれないけど、それでも曲げてしまった自分を取り戻そうとする物語だから。同調圧力が渦巻く現代だけど、「おかしい」と声を上げる勇気を、この物語は謳っているのだ。 大矢博子 書評家。著書に『クリスティを読む! ミステリの女王の名作入門講座』(東京創元社)、『歴史・時代小説 縦横無尽の読みくらべガイド』(文春文庫)、『読み出したらとまらない! 女子ミステリーマストリード100』(日経文芸文庫)など。名古屋を拠点にラジオでのブックナビゲーターや読書会主催などの活動もしている。 Book Bang編集部 新潮社
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