高プロ制が導く異次元の「労働者保護」外しの未来
労働時間の記録が必須アイテムに
これだけの疑問点が再三指摘されながら、国会の答弁の中ではほとんどまともに応えられてきませんでした。働き手への影響について、野党から実態調査を求める質問も出ましたが、政府側は「高プロは新しい制度なので実態を把握することは困難」(山越敬一・厚労省労働基準局長)と答えるにとどまりました。つまり、前人未踏の領域なのでよく分からないが、とにかく始める、ということです。 となれば、政府がすべきことは、施行後に働き手への影響について、データを改ざんしたり誤記したりすることなく、定期的にきちんとした実態調査を行い、問題があれば手直しすることでしょう。場合によっては制度そのものを撤回することも視野に入れるべきです。 また、会社の労働時間への責任がこれほど弱められた今、働く側は最低限、自分の労働実態を把握し、記録する習慣をつけていく必要があります。始業と終業時間を手帳に毎日記録したり日報をつけたりして、労災や賃金不払いに備えた資料づくりを日々やっておくことは、これからの働き手の必須アイテムになったといっていいでしょう。 また、ブラック企業による法の悪用を考えると、入社前によく調べ、こうした企業には入らない、もし入ってから危ないと感じたらすぐに労働相談窓口などに相談し、体を壊す前に辞める――という対応も必要になるでしょう。 今回、裁量労働制や高プロの問題点が浮上する中で、「そうはいっても自由に働ける仕組みは必要だ」とニーズを主張する上層ホワイトカラーや医師・教員などにも出会いました。ただ、よく聞いてみると、それらはフレックスタイム制や従来の裁量労働制でも対応できるものがほとんどで、人員削減による人手不足こそ問うべきではないかというケースも少なくないように感じました。日本の労働時間はすでに相当に規制緩和されており、だからこそ過労死が相次いでいるということを、働き手自身がよく知らないのです。 また、労働者派遣法のように、対象が本来の趣旨を離れて無際限に拡大されていくことがないよう、働く側からしっかり監視していく必要もあるでしょう。 そのために、労働弁護士や地域労組、労働NPOなどの専門家の相談電話で助言を仰ぐなど、自分なりの法律顧問をつくること、働き手同士がネットワークをつくって働くルールについて情報交換し、問題点を発見し、指摘していく力を身に着けていくことが問われています。
---------------------------------- ■竹信三恵子(たけのぶ・みえこ) ジャーナリスト、和光大学教授(労働社会学)。1976年、朝日新聞社に入社。編集委員兼論説委員(労働担当)などを経て2011年から和光大学現代人間学部教授。2009年、貧困ジャーナリズム大賞。著書に「ルポ雇用劣化不況」(岩波新書、日本労働ペンクラブ賞)、「ピケティ入門~『21世紀の資本』の読み方」(金曜日)など