高プロ制が導く異次元の「労働者保護」外しの未来
ところが「働き方改革」法案には、高プロ、「裁量労働制」の拡大というさらなる規制緩和が盛り込まれました。 このうち裁量労働制の拡大は、データ改ざんが問題になっていったん削除されました。ただ、裁量労働は、一定の残業時間と残業代を見込んで賃金が払われ、この契約時間を超えれば残業代が払われます。緩いとはいえ、一応、労働時間による規制がある働き方で、しかも働き手は自分の裁量で労働時間を決められることになっています。高プロは、自分で労働時間を決める権限のない働き手について大幅に労働時間規制を外すという点では初の制度なので、雇う側が歯止めなく始業時間も終業時間も決められるつくりです。 高プロの導入は、その意味で、アベノミクスの「異次元の量的緩和」ならぬ異次元の労働時間規制緩和へ歴史的な一歩を踏み出したといえるでしょう。 にもかかわらず、なぜ、一般の国民の反応は鈍いのでしょうか。それはまず、労基法の原則があまりにも当たり前になっていて、「週休1日が保障されない世界」や「1日の休憩時間がない世界」の過酷さが実感できなくなっていることがあるでしょう。同時に、「高専門」と「高収入」という対象者の要件が、一般の働き手とは無縁と錯覚させてしまったことが大きかったと思います。
国会の議決なしに対象職拡大も
しかし、本当に高プロは、一般の働き手とは無縁の制度なのでしょうか。 「高収入」の基準については現段階では年1075万円以上と報じられています。確かに、1000万円以上の働き手は2016年度の国税庁民間給与実態調査でも4%程度にすぎません。ただ、この額は法案に書いてあるわけではなく、厚労省が統計をもとに省令で決める「基準年間平均給与額」の3倍をかなり上回る額、とされているだけです。省令ですから、国会の議決を経ずに下げることは可能です。 10年ほど前、ほぼ同様の仕組みであるホワイトカラーエグゼンプションの導入が話題になり、日本経団連が「400万円以上の働き手を対象に」と提言したことから、今回も、やがてはそこまで適用基準が下げられていくのではと心配する声は少なくありません。 また、「実際に払われた額」ではなく、「支払われると“見込まれる”賃金の額を1年間あたりの額に換算」したもの、という点も要注意です。ブラック企業問題に詳しい弁護士は、休憩や週末休みを取らせる義務がないことを利用して、1075万円と設定した年収から、働き手が疲れて休憩したり週末休みを取ったりするたびに、「欠勤」分として時給換算で差し引いていく方式を取れば、労働基準法の労働時間規制による労働時間で再計算して年収357万円程度になるという試算を出しています。 そんな会社はない、と言いたくなるでしょうが、理論的に可能ならブラック企業に抜け穴を与えることになり、法律として欠陥ということです。正規・非正規の指定もありませんから、非正規労働者にも適用可能です。 「高専門」という要件も、現在は金融ディーラーやアナリストなどの職種が上がっていますが、客観的な基準ではなく、また、厚生労働省の省令で範囲を決められますので、国会の議決なしで範囲を広げていくことができます。実際、1985(昭和60)年に制定された労働者派遣法は、派遣の不安定性から考えて「専門業務」しか認めないとして13業務から始まりましたが、1999(平成11)年には原則自由化されてしまいました。 そもそも「高度な専門職は会社に対して交渉力が高い」という前提も疑問です。日本の専門職は「プロなのに」と、権利よりむしろ、無際限な奉仕を求められることが多いからです。しかも、専門職でも仕事の量は会社が決め、自分に決定権がないことは一般の職種と同じです。「専門」という言葉を利用したイメージ戦略といっていいでしょう。