遭難者のバックパックからは「未使用の防風・防寒着や食料」が出てくる…じつに、あなどれない「低体温症」…「夏でも」起こりうるワケ
低体温症だと、どういう状態になる?
外気温が零下でも、無風であれば、乾いた衣服を十分に着込むことで長時間耐えられます。しかし強風が吹いて、しかも衣服が濡れているときには、たちまち危険な状態となります。水は空気と比べて、体熱を奪う能力(熱伝導率)が25倍も大きいからです。風もまた、風速が増加するほどたくさんの熱を奪います。その相乗作用で体熱が急速に奪われてしまうのです。 身体の中心部(脳や内臓など)の体温は、常に37度台に保たれています。表の「深部体温の低下にともなって現れる症状」は、この深部体温が低下してきたときに、どのような症状が起こるかを示したものです。 深部体温の低下にともなって現れる症状 深部体温36℃:寒さを感じる。寒気がする深部体温35℃:手の細かい動きができない。皮膚感覚が麻痺したようになる。しだいに震えが始まってくる。歩行が遅れがちになる深部体温35~34℃:歩行は遅く、よろめくようになる。筋力の低下を感じるようになる。震えが激しくなる。口ごもるような会話になり、時に意味不明の言葉を発する。無関心な表情をする。眠そうにする。軽度の錯乱状態になることがある。判断が鈍る Bの項目を見ると、深部体温が2度下がって35度台になるだけでも、「歩行が遅れがちになる」とあるように、疲労の様相を呈してきます。 Cの項目は深部体温が35度を切った状態で、この場合に低体温症と診断されます。さまざまな症状が現れますが、歩行は遅く、よろめくようになります。判断力など脳の機能も低下して、危険な状態になります。体温が34度を下回ると意識が薄れ、自分では対処ができなくなります。 寒さ、濡れ、風という3つの悪条件がそろった状況では、1時間くらいで低体温症に陥ってしまう場合もあります。しかし、このことに対する登山者の認識は、まだ低いのが現状です。 低体温症による遭難者のバックパックから、防風・防寒着や食料が未使用のまま出てきて、なぜこれを使わなかったのか、と言われることがしばしばあります。これは、低体温症が急速に起こる場合もあることを知らず、自分では気づかないうちに身体が弱ってしまい、これらの防御手段を使う前に倒れてしまった結果だと考えられます。 大自然の中で、予期せぬ強い雨や風に遭遇すれば、慣れない人では平常心を保てなくなります。そして、雨や風からなんとか逃れようと夢中で行動しているうちに、いつのまにか低体温症に陥ってしまう人が多いのです。 では、実際に低体温症の兆候を感じたら、どのように対処したらよいでしょうか。 登山と身体の科学 運動生理学から見た合理的な登山術
山本 正嘉(鹿屋体育大学名誉教授)