障害のある人々が着たい服を着られない現状を知り、800人を超える人々にヒアリングしてオンラインのお直しサービス「キヤスク」を立ち上げた前田哲平さん。既製服を一人ひとりのニーズに合わせてカスタマイズするこのサービスは、障害の有無に関わらず誰もが自由に服を選べる社会の実現を目指しており、第2回SDGsジャパンスカラシップ岩佐賞など数々の賞を受賞。服を通じて人々の生活をより豊かにしたいという前田さんの思いを聞いた。（聞き手　SDGs ACTION!編集部・池田美樹） 【写真】Tシャツを「お直し」するとこうなる ============================= 前田哲平（まえだ・てっぺい） コワードローブ代表取締役社長 大学卒業後、地元である福岡の銀行に就職するも、2年半で退職し2000年にユニクロに入社。ショップ店長等を経て本部で新規事業立ち上げや販売・生産計画、在庫管理などを担当。最後の4年間はEC事業部を経験。2020年12月にユニクロを退職し、2021年1月に株式会社コワードローブを設立。障害のある人や病気の人のために既製服をカスタマイズするオンラインサービス「キヤスク」を2022年3月から運営する。

気づきから始まった起業への挑戦

コワードローブ代表取締役社長の前田哲平さん（筆者撮影）

―――サービス立ち上げのきっかけを教えてください。 きっかけは2018年、ユニクロ在職中のことです。聴覚障害のある社員と話す機会があり、「身体に障害のある人たちは着る服がなくて困っている」という話を聞きました。最初は「そんなはずはないのでは」と思っていました。 しかし、その話が気になって、個人的にその人の友人や障害者支援団体に連絡を取り、当事者に服の困りごとについて話を聞かせてもらいました。インターネットでアンケートも実施しました。そうしていくうちに、2つの重要な気づきがありました。 1つは、「着る服がない」のではなく、我慢して着ているということです。体が不自由なので着るのに時間がかかったり、デザインは好みだけど着ることができない服を諦めて、仕方なく着やすい服を選んだりしているというのです。これは心が痛む事実でした。 もう1つは、着にくいと感じるポイントが人それぞれ違うということです。ですから、「車椅子ユーザーに履きやすいズボン」を作っても、100人いたらおそらく2、3人にしか合わない。これは本当に難しい問題だと感じました。 これらの気づきから、最初は「ユニクロで障害者向けの服を作ればいいのではないか」と思っていたのですが、それでは根本的な解決にはならないと考えるようになりました。一部の人のための限られた選択肢を提供するだけでは不十分で、本当の意味での解決にはならないと思ったからです。 ――そこから起業するまでの経緯を教えてください。 さまざまな気づきから、障害者向けの服のサービスをやりたいという思いが徐々に強くなっていきました。ただ、家族を養う必要もあるし、収入のことも考えると、すぐに起業というのは考えられませんでした。しかしこのタイミングで本気で取り組まないと、後悔すると思ったのです。 そこで、2020年12月にユニクロを退職しました。20年間勤めた会社を辞めるのは本当に大きな決断でした。正直、収入がなくなる恐怖は大きかったです。でも、妻が「あなたならきっと大丈夫。応援する」と言ってくれて、その言葉に背中を押され、思い切って退路を断って、本気で解決策を探すことにしました。 退職後も引き続き当事者に話を聞いていました。そんな中、事故で寝たきりになってしまった娘さんのお母さんにお会いする機会がありました。そのお母さんは、娘さんのために服のお直しを独学で覚え、周りの同じような境遇の方々にも役立てようとしていました。 この出会いで、2つの重要なことに気づきました。1つは、お直しという方法なら、1人ひとりのニーズに応えられるということです。既製品を個別にカスタマイズすることで、それぞれの方の細かな要望に応えられる可能性があると感じました。 もう1つは、自分の経験を誰かの役に立てたいと思っている人がいるということです。このお母さんのように、自分の経験や技術を活かして誰かの助けになりたいと考えている人が、ほかにもいるのではないかと思いました。 そこで、お直しをしてくれる人と服に困っている人をオンラインでつなげるサービスを作ろうと考えました。これなら、個別のニーズに応えられるし、かつ多くの人の役に立ちたいという方々の思いも活かせる。そんなサービスができるのではないかと確信しました。 退職直後の2021年1月には会社を設立し、4月にはクラウドファンディングを実施。目標金額の400万円を達成し、多くの支援をいただきました。そして、約1年の準備期間を経て、2022年3月に「キヤスク」をオープンしました。