選挙をおもちゃにする人々が教えてくれること
では、このような行為を法的に規制すればいいかというとそうもいかない。選挙のポスター掲示板は、選挙にあたって立候補者の主義主張、思想信条を開示する場所だ。だから、本来はそこにいかなる規制も加えるべきではない。制限を加えるならば、それは即「思想及び良心の自由は、これを侵してはならない(日本国憲法第19条)に抵触する可能性が発生してしまう。 この場合、他者への誹謗中傷は、事後的に名誉毀損で起訴し、裁くことができるだろう。また、風俗店の広告は、風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律(風営法)で規制できる可能性もある。 「ゴキブリを見た」→「すぐにたたき潰す」ように簡単にはいかない。面倒だが個々の事案に応じたやりかたをするしかない。 ●悪ふざけを可能にした比例代表制 とはいえこういう時は、カネと制度から考えると、問題の根本が見えてくることがままある。 都知事選への立候補には1人300万円の供託金が必要になる。選挙の得票が有効投票数の1割未満の場合、供託金は没収される。NHK党の24人立候補に必要な供託金は7200万円。その資金はNHK党が出している。 NHK党の主要な財源は、政党交付金と推定できる。同党は2013年に「NHK受信料不払い党」として結成。ワンイシューの泡沫政党でコロコロと名前を変えるという特徴を持つ同党は、2019年の参議院選挙に「NHKから国民を守る党」の名称で出馬。比例代表で98万78858票(出所:NHK選挙速報)を獲得して1議席を得た。その結果、同党には政党交付金が入ることになった。 総額でいくら同党に入ったのか。2023年については3億3400万円がNHK党に支払われたと報道されている(朝日新聞デジタル)。別途政治資金を集めてもいるのだろうが、供託金の出所は、ほぼ間違いなくこれであろう。 では、「臭いニオイは、もとから絶たなきゃダメ」という古(いにしえ)の消臭剤CMのキャッチコピーではないが、政党交付金を使えなくすれば、今回のような選挙ポスター掲示板ジャックのような事態はなくなるだろうか。 そうはいかない。政党交付金は政治活動に使うものとして国から政党に交付されるものだ。そして政党に取って、地方自治体の首長選挙への候補者擁立は政治活動以外のなにものでもない。だから、それを禁止するのは大変に困難だ。 それならば政党交付金そのものを廃止するか。 この制度は、1980年代から90年代にかけて、リクルート事件やゼネコン汚職事件が起きたことを受けて、企業から政治への資金提供を規制する代わりに国が政党に政治資金を支出するという形で95年から始まった。その後、2014年に経団連が停止していた政治献金を再開するなど、またも企業献金への依存が進んでいて、「政党が企業と政府の両方から政治資金を得る」という“両手でウハウハのええとこ取り”状況になっている。だから、「政党交付金を廃止する」というのは一つの手段だ。 しかし、政党交付金を廃止したとしても、後に残るのは、1980年代から90年代にかけてと同じ政治汚職を発生させる土壌でしかない。 そもそもNHK党が政党交付金受給資格を得たのは、参議院選で議席を獲得できたからだ。獲得できた理由は、比例代表で全国から1議席に必要な票を得たからである。では、なぜ比例代表で票を集めることができたか。 世の中には様々な考えの人がいる。誠実な人もいれば不誠実な人もいる。真面目な人もいれば不真面目な人もいる。正義の人もいれば、悪人もいる。正気の人もいれば、とても正気とは思えない考えに取りつかれ、執着する人もいる。 自然はありとあらゆる状況の変化に対応するため、可能な限りの多様性を準備する。社会に様々な人がいるということは、自然の持つ多様性の現れだ。 そしてどんなに少数派の人でも、日本全国からかき集めれば、それなりの数になる。世の中には、ふざけることに快感を覚える人もいるし、社会をおちょくることを喜ぶ人もいる。大きな権力に本能的に靡(なび)く人も反発する人もいるし、理路整然とした議論にわけもなく反感を抱く人もいる。そういう人を全国からかき集めることが可能になれば、それなりの数になる。その数が政治的に1議席に達するような選挙制度であれば何が起きるか――例えば、NHK党の1議席獲得となる。 つまり、比例代表という選挙制度が、都知事選における選挙ポスター掲示板ジャックの根本に存在する。 では、なぜそんな制度が採用されているのか。