濃い霧の中「あと少しだ」「走れ!」...ロシア政府から幼い娘とともに逃亡する反戦派ジャーナリストを待ち受ける国境越え「最大の難所」
「あと少しだ」「走れ!」
遠くのほうに、道端に停まるクルマのライトが見えた。 「さっさと乗り換えよう」 アントンが途切れがちに言った。アントンの緊張がこちらにも伝わった。 「もうすぐ国境だ。いちばん難しい所だ」 アントンはわたしたちの荷物を錆びた自動車のトランクに移し替えた。道の凹凸を跳びはねながら、クルマは枯草の原野をまっすぐに突っ切った。ハンドルを握るのは初老の、綿入れ服を着た男だった。突然クルマのトランクが開いた。わたしの黒いリュックサックが道に転がるのがチラリと見えた。 「停まって」わたしは運転手に叫んだ。 アントンはクルマから飛び降りるとリュックサックを拾い上げ、トランクを前より強く閉めた。しかしクルマは発進できなかった。泥濘にはまってしまったのだ。横のほうに突然2つのライトがあらわれた。わたしたちの前を横切るクルマのヘッドライトのようだ。 「あと少しだ」運転手はすぐにヘッドライトを消して言った。 「国境は遠くない。700メートルほど先だ。あっちへ走れ」 運転手は遠くのほうへ向かって手を振った。あたりは真っ暗だった。 『恐ろしい“ロシア政府”からの逃亡を図った親子を“絶望”に陥れた「過酷すぎる道のり」』へ続く
マリーナ・オフシャンニコワ