夫婦同姓の義務は「経済的損失」 棚上げにされる"別姓議論" 女性経営者が抱く強い違和感
事実婚を選択する女性起業家は「多い」
「(多くの人が)長い間、声を上げてきたにもかかわらず、『いつか』『慎重に』などと言われ、持ち越され続けてきた。私たちにとっては先の話ではなく、来月、来年にも変えてほしい喫緊の問題なんです」 10月1日に行われた経団連による選択的夫婦別姓に関するシンポジウム。経営者でクリエーティブディレクターの辻愛沙子さん(28)は早期導入を求めた。 19年に20代半ばで起業して以降、パートナーの男性との結婚も考える中で、夫婦同姓の影響を自分のこととして捉えるようになった。 会社役員の登記は、数年前の制度変更で旧姓も併記できるようになったものの、商標の登録や決済用の銀行口座など代表者の氏名とひも付くものは少なくない。旧姓を通称使用している社員もいて、給与や税制などの手続きには戸籍姓との照合も必要となり、煩雑な作業が発生する。 「中小企業やスタートアップには事務対応の人的な資源が限られている。女性起業家は珍しくなくなったが、事実婚を選択する友人は多いです」 辻さんのパートナーの男性も自分と同じ経営者。仮に男性が姓を「辻」に変えても、自分と同じ問題がつきまとうことになる。
ビジネス的な問題だけでなく、アイデンティティーの面からも、夫婦同姓を強いる現状に、強い違和感を抱く。 辻さんは姉がいるものの、現状では女性の9割が改姓している。パートナーの男性も1男2女の長男だ。家、キャリアを積んできた自分という存在……。考えれば考えるほど、名字の「重み」を感じ、簡単に手放す気にはなれない。 話し合いを続けたが、互いに改姓を強要できない。「選択的夫婦別姓が導入されるまで婚姻届の提出を待とうか」。今は二人でそう話しているという。
「作り上げられている」可哀そうな子ども
選択的夫婦別姓を導入すれば、両親がそれぞれ、別の姓を名乗るので「子どもが可哀そうだ」として、反対する意見がある。だが、辻さんは「勝手に可哀そうな子が作り上げられている」と疑問視する。 辻さんが生まれた1995年は、共働き世帯が専業主婦の世帯を上回った時期だ。男性中心の会社社会から、女性も働き、男女が一緒に家庭を支える形へと変わり始める中、自身もフルタイム勤務の両親の元で「鍵っ子」として育った。 戦後間もなく憲法で男女平等が位置づけられ、80年代には男女雇用機会均等法も施行された。だが、女性が社会進出をしようとする度に、母親が家にいない子どもは「可哀そう」と言われ続けてきた。今回の議論も同じことの繰り返しに映る。 「少なくとも自分の場合、可哀そうな子どもではなかった」。むしろ夫婦二人で家庭を支えている環境で育ったからこそ、男女の役割分担にとらわれず、自由にキャリアを歩めた、との自負がある。夫婦別姓の議論においても、可哀そうとの「レッテル貼り」をしないでほしい。 夫婦同姓を否定しているわけではない。求めているのは単に「選択肢」を増やすことで、希望する人はこれまで通り夫婦同姓を選べるようにすればいい。 「制度が実現しても、社会が大きく変わるわけではない。ビフォーアフターではなく、社会にとっては新たに選択肢が一つ増える、プラス1なんです」 近年の世論調査では選択的夫婦別姓について、7割以上の支持が集まっている。 辻さんはこう、力を込める。 「実現に向けて今後のカギになるのは、政治家でも官僚でもなく、より強い当事者の世代の世論の後押し。社会は待っていれば誰かが変えてくれるのではなく、私たち自身で変えていくという姿勢が必要です」