『【推しの子】』YouTubeチャンネルはなぜ成功した? アニメや原作にも還元される“戦略”とは
『TVアニメ【推しの子】公式チャンネル』がまもなく登録者数100万人を達成しようとしている。(2024年8月30日時点)いまやアニメの宣伝でネット戦略は欠かせないが、作品単体のチャンネルがここまで登録者数を集める例は少ない。今回はなぜ『【推しの子】チャンネル』が成功したのか、その要因を探りたい。 【動画】VTuberとしてチョコを食レポするMEMちょ まず、近年TVアニメにおいて販売する対象の変化について述べておきたい。少し前までTVアニメは原作漫画や、関連するおもちゃ、ゲームなどの商品を販売するための宣伝媒体であった。それはいまでも大きく変わるものではないが、販売するモノが商品からIP(知的財産)という考え方に移行している。つまりTVアニメを流して、CMなどの広告で特定の商品を売るのではなく、作品そのものの価値を高めて、金銭に変えていくという考え方だ。 『【推しの子】』を例に挙げると、販売する商品として原作漫画、DVDなどのソフト、音楽CDなどの商品がある一方で、ネット戦略における広告収入、ほかにも舞台、実写映画などの多面的な展開、あるいはコラボレーショングッズなどもある。グッズなどは商品を購入しているようだが、単なるTシャツやバッグなどに、『【推しの子】』に関連したなにかがあるだけで、価値が上乗せされる。このことからファンは『【推しの子】』というIPを購入しているといえる。 つまり、現代は『【推しの子】』のTVアニメという1つの媒体のみを盛り上げるのではなく、作品そのものの価値を高めることによって、付加価値を生み、それをほかの媒体へと発展させることによって、さらに作品価値を増加していく戦略が多くなっている。旧来の販売のイメージが漫画・商品→TVアニメという一方通行であるとするならば、現代は漫画→TVアニメ→ネット→実写映画・舞台→漫画……というように、循環していき、その間でお金が発生していくイメージだ。 ここで『TVアニメ【推しの子】公式チャンネル』が果たした役割を3つあげたい。 ① MEMちょなどのVTuberの活用 ② ネット情報のハブ化 ③ 作品の放映がないときでも話題を提供 ①MEMちょなどのVTuberの活用 『TVアニメ【推しの子】公式チャンネル』の最大の特徴といえるのが、MEMちょの起用だ。作中でも登場するMEMちょがVTuberとして活動することで、作品とリアルの境界が曖昧になっていき、より身近に感じられる。試みそのものは他作品でも見受けられるが、どの作品でも可能な選択ではない。実際にMEMちょがいたら、おそらくYouTuberとしても活動をしているはずだ。現代を舞台とし、アイドルというVTuberと親和性が高い作品である『【推しの子】』だからこその選択といえるだろう。また、にじさんじの星川サラとコラボレーションを行うなど、アニメキャラクターとVTuberの共演も新しい試みであり、ファン層の拡大にも積極的だ。 また『TVアニメ【推しの子】公式チャンネル』からは少し離れるが、『【推しの子】』にはVTuberシーンでも重要な楽曲がある。楽曲が世界的な大ヒットを記録したことから、アイドルVTuberがライブで『【推しの子】』関連楽曲をカバーして披露する光景が見受けられた。YOASOBIが紅白歌合戦で「アイドル」を披露したように、TVなどの旧来のメディアで注目を集める一方で、 VTuberなどの新しいメディアもこぞって注目し、その楽曲をカバーする。この新旧の宣伝の交差も『【推しの子】』の特徴だ。 ② ネット情報のハブ化 TVアニメを宣伝する際にネット、SNSの影響を無視することはできなくなってきている。最近では『しかのこのこのここしたんたん』が放送開始前に、OPのダンス動画をアップしたところ、世界的なヒットを記録している。また『呪術廻戦』でも放送された一部分をショート動画としてアップして、何百万回再生されるなどの大きな話題を生んでいた。『【推しの子】』も同じように、楽曲や象徴的なシーンをショートで流すことによって、話題性を呼んでいた。 一方でXやTikTokなどのSNSは、基本的に情報が流れていくメディアであるため、拡散能力には優れるものの、情報を振り返ることに向いているとは言い難い。YouTubeチャンネルは情報を集積して、動画・ショートと分けられる上に、タグ付けをして整理することもできるので、後から振り返ることができるメディアだ。様々な動画コンテンツを、視聴者が調べたいときに簡単に調べることができる。 『TVアニメ【推しの子】公式チャンネル』では、原作漫画とTVアニメのみならず、ファン感謝祭の映像や、『MEMちょの【推しの子】NEWS』でコラボレーション商品なども紹介するなど、情報が多岐にわたる。ほかにもアフレコの裏側や演者へのインタビュー動画などを集約して、公式チャンネルとして流している。『【推しの子】』の情報が知りたければ、公式チャンネルにアクセスするだけで多くの情報が知ることができ、動画コンテンツのハブとなっている。 ③ 作品の放映がない時でも話題を提供 こちらは現代ならではの悩みかもしれないが、ひと昔前のTVアニメは、1年中放送されているのが普通だった。しかし現在では分割クールであったり、あるいは第2期など期間を空けて放送されたりすることが多くなっている。そうなると、TVアニメの放送がなければ、空白期間の間に人気に翳りが出てきてしまうこともあるだろう。 YouTubeはメディアとしてTVアニメと比較すると、新作動画の制作が容易であり、長期の運用に適しているため、TVアニメの放映がないときでもYouTuberとコラボなどを行い、話題を提供してきた。常時活動し、誰でも見ることができる宣伝機関として重要な立ち位置にあった。 TVアニメの長所である話題性の爆発力と、欠点である放送時期が限られてしまい話題性の持続が難しい点を、YouTubeチャンネルは補ってきた。その結果『【推しの子】』という作品のIP力がさらに増す結果となり、登録者数100万人目前になった。 『TVアニメ【推しの子】公式チャンネル』は、IPの力をさらに増すための宣伝戦略として、大きな効果を発揮した。もちろんこれは、YouTubeチャンネルだけの力ではなく、優れた原作、TVアニメの力も含めた効果であることは間違いない。しかし、登録者数100万人突破という数字は、ネット戦略の成功例として注目される事例となり、今後にもIPの宣伝方法として影響を与えた金字塔となり、長く語られていくことになるだろう。
井中カエル