テレビ局の依頼きっかけで“再発見”…福岡・糸島半島の知られざる郷土料理 「すき焼きに近い風味」
国内のみならず海外からも注目を集め続ける観光エリア、福岡県・糸島半島。海中大鳥居や夫婦岩がある二見ケ浦、芥屋の大門などの景勝地、豊かな農産物を思い浮かべる人は多いと思うが、実は半島外ではあまり知られていない郷土料理がある。その名も「そうめんちり」。どのような味か、ぜひ食べたくなって調べてみた。 (古瀬哲裕) 【写真】そうめんちりを手軽に食べられるよう開発された冷凍食品 11月後半、糸島市で開かれた婚活イベント会場。参加者が楽しみつつコミュニケーションを深める場として、そうめんちりを作ると聞き見学させてもらった。 親鶏から取っただしに、しょうゆや砂糖などを加えてつゆを作り、鶏肉にキャベツ、ネギ、糸こんにゃく、豆腐などを投入。ほどよく煮えたところで、そうめんに盛って完成だ。参加者は「すき焼きに近い風味」「甘さとコクがしっかりある」など感想を口にしながら次々と口に運ぶ。記者も味見すると、鶏だしが利いておいしい。そうめんがするすると胃袋に入った。 この日の講師役で、市内でネギ栽培などを手がける弥冨農園の弥冨明子さん(51)に、そうめんちりの由来を聞いた。弥冨さんによると、戦後しばらくまで、盆・正月や祭り、農作業など住民が集まる場でよく作られたごちそうで、鶏を丸々さばいて使うものだったそうだ。核家族化の影響か家庭で食べる機会は減ったが、今も敬老会などで作られているという。 ◇ ◇ 弥冨さんを中心とした市民有志は今夏、そうめんちりにまつわる住民の記憶を集めるアンケートを実施した。古くから続く集落など市内各地を巡り、高齢層を中心に700件以上ものデータを収集した。 きっかけは、糸島の歴史や文化を調べたいというテレビ局の依頼だった。郷土料理の話題が出たが、「今も食べている、とはっきり言えたのはそうめんちりぐらいだった」。印刷物などの資料を探しても定番と言えるようなレシピがなく、料理の歴史や地域の全体像もよく分からないことが判明。そこで自分で調べようと決めたのだという。 集計すると、雷山、怡土地区など市内でも中山間地でよく食べられていた。おもな葉物野菜は白菜かキャベツに分かれ、地区ごとに特色があった。かつては、市内各地にそうめんを扱う製麺所もあったと分かった。 他にも調査を通じて、多くの資料が「再発見」された。これらの成果を得た弥冨さんは「ふるさとの食文化を、百年先にも残したい」と、料理研究家の友人らと「糸島郷土料理研究会」を立ち上げた。 ◇ ◇ 知名度向上には課題もある。実は現在、そうめんちりを食べられる飲食店は地元にもほとんどないのだ。弥冨さんは「昔ながらの作り方だと鶏を丸々1羽使い、仕込みの手間も掛かる。鍋なので、メニューに載せるにはロスも気になるのでは」と推測する。 そこで、自ら商品開発に乗り出した。クラウドファンディングも利用して機材を調達。1食分の量に小分けした冷凍食品セットを作ったのだ。まもなく、同市のJA糸島産直市場「伊都菜彩」などで販売を始める予定で、「簡単に用意できれば飲食店も紹介しやすい。家庭向けにも、少量でも作りやすいよう工夫したレシピを紹介して、口にしてもらえる機会を増やしたい」と意気込んでいる。