千年を超える歴史に幕を閉じた「蘇民祭」、かつては全裸、胸毛のポスターで物議 クライマックスの争奪戦は「圧死する」と思うほど危険だった
殺到する下帯姿の男270人の汗が熱気で湯気となり、酒のにおいが立ちこめる。目指すは御利益がある「蘇民袋」だ。2月17日、岩手県奥州市・黒石寺で開催された蘇民祭。かつては全裸で行われ、参加した暴力団員の暴行で警察沙汰に発展したり、胸毛の男性を扱ったポスターが不快感を与えるとして、JR東日本に掲示を拒否されたりしたこともあった。 【写真】青森ねぶた祭 暴力動画が拡散、運行団体「許されない行為」 23年
度重なる存続の危機を乗り越えてきたが、ついに千年を超える歴史に幕を下ろした。最後の奇祭に記者が挑んだ。(共同通信=待山祥平) ▽しきたり 「ジャッソー」「ジョヤサ」。雄たけびに近いかけ声が寒空に響いた。午後6時過ぎ、邪気を正すという意味のかけ声とともに祭りが始まった。氷点下近くまで冷え込む中、境内を流れる川の水を3回全身に浴び身を清めた。水温は3度。本堂などの外周約600メートルを練り歩き、再び川で身を清める。これを計3巡した。足元の感覚は全くなくなり、震えが止まらない。寒さを忘れようと、かけ声を連呼した。 蘇民祭に参加するには、いくつか厳しい条件がある。まずは肉や魚など動物由来の食材を1週間口にできない。ニンニクやニラと言った刺激物もNGだ。このため普段の食事は、かつおだしではなく昆布だしのみそ汁と米、納豆などに限られ、たんぱく質不足で筋肉が日に日に減っていくのを実感した。
運営側のしきたりはさらに厳しい。家族であっても男女が同じ浴槽に入ることや性行為を禁忌としている。いずれも身を清めるためだ。 ▽握力の限界 祭り本番の午後10時過ぎ、クライマックスとなる麻袋「蘇民袋」の争奪戦が始まった。終了時に袋を握っていた「取主」は、最も御利益を受けるとされる。 主戦場となる幅約20メートルの本堂は、興奮した男たちでごった返していた。汗ばんだ男たちのひげや肘が容赦なく体に当たる。呼吸ができず、圧死すると思うほど身の危険を感じた。 蘇民袋があるとみられる群衆からは湯気がもうもうと立ちこめていた。群衆のすきまをかいくぐり、1歩ずつ中心部に進む。やっとの思いでたどり着き、袋の持ち手を握った。「絶対離さない」。そう心に決めたが、上から下から男たちが群がってくる。汗まみれの右手でつかんだ袋は握力の限界を迎え、するりと遠ざかった。 ▽存続の危機 無病息災や疫病退散を祈願する蘇民祭は、かつて下帯さえつけず全裸だった。だが警察などからの指摘を受け、2007年以降は着用が義務付けられた。 翌年には、胸毛にひげ面の男性を扱った告知ポスターが不快感を与えるとして、JR東日本が掲示を拒否したことで話題となった。下品、不潔、女性の敵…。ポスターのモデルとなった佐藤真治さん(53)は当時、こうした数多くの誹謗中傷を受けた。14歳から参加してきたが、「自分がいては祭りに迷惑が掛かる」と騒動になった翌年から身を引いた。