“生きる力”をどれほど信じられるか──コロナ禍で逃げ場を失った人、よりそう「声」の現場 #今つらいあなたへ
例えば20代の専業主婦の女性。DVが原因で離婚した元夫との間には、10代で産んだ、現在中学生の男の子がいる。その後、現在の夫と知り合い、2人の子を出産した。だが、長男はコロナ禍での鬱屈が募り、幼いきょうだいに当たり散らすようになった。深夜に仕事をして日中は家で寝ている夫からは協力を得られず、限界に達した女性は、児童相談所に下の子たちの保護をお願いしたが、「うちは託児所じゃないから」と断られた。「もう子どもを殺して自分も死にたい」とまで思い悩んだ女性はよりそいホットラインに連絡し、坂井さんが対応にあたった。 坂井さんは2週間に一度のペースで約3カ月間、女性の話を繰り返し聞き、自治体の運営する子ども家庭支援センターにつないだ。そのセンターから女性のもとへ家庭訪問があり、医療機関にも接続された。適応障害と診断された女性は、通院する中で症状が落ち着き、危機的状態からは脱することができた。
「生きる力」を信じて引き出す
コロナ禍で仕事を失い、思いつめたような相談も少なくなかった。そのようなとき、「大事なのは気持ちに寄り添いながら、これからどうしていきたいか、何ができるかを確認して、形にしていくこと」と坂井さんは言う。 「仕事を失い、経済的に苦しむ人がいたとき、経済的な支援をすれば、それでいいというわけではありません。長年必死に守ってきた会社を失った人もいれば、入社したばかりの会社を辞めることになった人もいる。また、職場での大切な人間関係を失い、孤立感を深めている方もいる。仕事を失ったという事実から、どんなつらさや不安を感じているのかという気持ちに寄り添い、次の一歩をともに考える。すると、労働関係の専門家に相談するのか、あるいは、新しい仕事を探すのか。そんな生きる道筋も見える。話す相手がいることで、乗り越えていけることもあると思うのです」
その“生きる道筋”をコーディネーターとともに見いだし、自死を望む気持ちを回避して希望ある生活に踏み出した人は、実際にたくさんいる。 例えば2019年の取材当時、希死念慮の強かったユイさん(仮名・当時20代後半)は、コーディネーターの長期的サポートにより、いまは仕事に邁進している。高野徹さん(仮名・当時51)はうつ病で生活が困窮し、よりそいホットラインに電話、シェルター住まいを経て一人暮らしをしていた。その後、シェルター居住時代の支援者に婚姻届の証人になってもらい、2021年2月上旬に結婚。現在は新居で平穏な生活を始めている。 「その人(相談者)の中にある“生きる力”を、私たちがどれほど信じられるか」とは、コーディネーター元島さんの言葉。信じたうえで、真剣にその人の中にあるものを見つめる。そうすれば、相談者側にもパワーが湧いてきて、動き出そうと思えるようになるのだ、と。 自殺防止のためのSNS相談のスーパーバイザーとしても活動する坂井さんは、小中高生の自殺が増えるこの時期、彼らに対して伝えたいのは「学校は死ぬほどの思いで行くところじゃない」ということだと言う。 「もちろん、ずっと家にいていいよ、ということでもないんですね。できれば何か社会と関わる接点を持っていてほしい。学校は休むけれど、ピアノが大好きで、レッスンだけは欠かさないのであれば、それはそれで素敵だと思う。だから……、もし『つらいから学校に行かない』と決めた子がいたら、その選択はまずは尊重し、勇気のいる決断だったね、と伝えたいですね。そして、これまでの頑張りを聞きながら、これからの日々をどのように過ごしていくのか、“一緒に”考えていくことを提案してみたいと思います」
--- 堀香織(ほり・かおる) ライター。大学卒業後、『SWITCH』編集部を経てフリーに。『Forbes JAPAN』ほか、各媒体でインタビューを中心に執筆中。単行本のブックライティングに是枝裕和著『映画を撮りながら考えたこと』、三澤茂計・三澤彩奈著『日本のワインで奇跡を起こす』など。鎌倉市在住。