片岡義男の「回顧録」#4──Bobby’s Girlが名付け親~ 『ボビーに首ったけ』とヤマハRD250
■2サイクルの危機を救った最後のピュアスポーツ RZ250(1980年)
アメリカの環境保護庁が打ち出した規制をきっかけにその環境性能が問題視され、市場からの撤退を余儀なくされつつあった2サイクル車。そんな状況を鑑みて「ヤマハ2サイクル技術の集大成といえる最後のピュアスポーツを作ろう」という技術者たちの気概から誕生したのがRZ250だった。リッター140ps、パワーウエイトレシオ3.97kg/PSという圧倒的な動力性能を誇ったRZは79年パリショー、東京モーターショーで相次いで発表され、ヤマハブースにはその姿をひと目見ようとするファンが大挙して詰めかけた。 文=KURU KURA編集部 写真協力=ヤマハ発動機(株) 参考資料=自動車ガイドブック(日本自動車工業会)、日本のモーターサイクル50年史(八重洲出版)、YAMAHAⅠ(ネコ・パブリッシング) (JAF Mate 2017年2・3月号掲載の「片岡義男の「回顧録④」を元にした記事です。記事内容は公開当時のものです。)
文=片岡義男/KURU KURA編集部