【新聞分析】価格据え置き宣言から2年ーー読売新聞の値上げで考える、全国紙としての存在価値と記者の質
読売新聞の2025年1月からの価格改定が発表された。朝夕刊セットの月ぎめ購読料(税込み)を400円引き上げ4800円にするもの。2023年に朝日新聞や毎日新聞が相次いで値上げした時には動かなかったが、用紙費や燃料費、人件費の上昇に対応するため、6年ぶりの改定を余儀なくされた格好だ。朝夕刊セットで4900円の朝日や毎日より100円安く設定するところは、2024年3月で598万部と全国紙最大の販売部数を持つ読売が、競争で優位に立ち続けようとした表れともとれる。全体に縮小が続く新聞業界で読売が目指すものは何か。他紙はどのようになっていくのだろうか。 朝日新聞に掲載された『パリピ孔明』12種の「パリピ偉人広告」 朝日、毎日が続々と値上げしていった2023年に、「読売新聞は価格据え置き、値上げしないでがんばります!」とアピールしてから2年。読売がついに値上げを余儀なくされた背景には、ひとつには新聞製作に関連するさまざまな物資の値上がりがある。日本製紙では2023年4月から、新聞用紙1連(4ページの新聞が1000部印刷できる紙の量)あたり300円も値上げした。他の物価も上昇の一途にある。 ▪️新聞各社の値上げの背景 新聞業界では、朝日が2023年5月に朝夕刊セットを4400円から4900円に引き上げ、6月に毎日も朝夕刊セットを4300円から4900円に値上げした。産経新聞も8月に500円の値上げを行い、大阪本社発行の朝夕刊セットは4900円、夕刊がない東京本社発行分を3900円となった。全国紙では読売だけが値上げを見送ったが、2022年に700万部を超えていた部数は他の新聞と同様に減り続け、600万部を割るところまで落ち込んでいる。かつて1000万部を売りにしていた時から見ると、相当な減り具合だ。 部数の減少は他の全国紙や日本経済新聞のような経済紙、中日新聞を始めとしたブロック紙、そして各県で発行されている地方紙も同様。値上げのあるなしに関わらず新聞自体が読まれなくなっている。最大の理由がネットメディアの発達で、ニュースはYahoo!ニュースやLINEニュース、SmartNewsなどを経由して読んだり、それぞれの新聞社が開いているサイトから読んだりできるため、紙の新聞は必要とされない。動画配信サイトの解説動画を見て情報を得る人も少なくないようだ。 ニュースそのものを必要とせず、スマートフォンで自分が好きなジャンルの情報だけを得たり、ドラマやアニメを見たりゲームで遊んだりする人も増えているだけに、新聞離れはますます強まると見られている。物資の価格も人件費も上がり続けるとしたら、次の値上げも時期は不明ながらいつか訪れ、それがさらなる新聞離れを呼ぶ繰り返しが続く。どうにも厳しい将来像だ。 そうした状況下で新聞社が経営を維持するために、コストダウンを進める動きも相次いでいる。2024年9月に毎日新聞が富山県での配送を止めたことは、新聞業界を知る人にはなかなか重たいニュースだった。日本最古の新聞で、部数を落としたとはいえスクープの数では未だ他紙の追随を許さない名門であっても、全国紙という看板に傷をつけざるを得なかった。 朝日新聞も、発行を止める都道府県こそ出していないものの、静岡県、山口県、福岡県で夕刊の発行を止めた。ネットが発達した現在、正午過ぎまでのニュースしか入らない夕刊の必要性は下がる一方。2025年1月で産経が発行する夕刊フジが休刊するのもそうした流れを受けたものとなる。中日新聞が東京で発行している東京新聞も、東京23区を除く地域での夕刊発行を8月末で終了した。 産経は2002年という早い時期に、東京本社管内に限って夕刊を廃止し身軽になっていたが、20年近くが経つ中で他の新聞社と同じ部数減とコスト増の問題に直面し、数百人単位の人員削減を行うなどして経営を維持してきた。その間、ネットでの存在感を保とうと、すべての記事をネットでいち早く配信する「ウェブ・ファースト」の方針を続けて来たが、他紙がネット記事の有料化を進める流れもあって、今は課金システムを作り収益を確保しようとしている。 ▪️「唯一無二の全国紙へ」ーー読売新聞の未来 読売の値上げも、そうした新聞業界全体が直面しているコスト増や部数減といった課題に向かうための施策と言える。ただ、他紙と同じように地方での発行を止めたり、支局を閉鎖したりして部数が期待できる地域に経営資源を集約していくかというと、ここでどうにか踏み止まって、全国紙としての規模を維持し、新聞としての価値を高めていこうといった姿勢が感じられる。 それは、読売新聞グループ本社の山口寿一社長が、唯一の全国紙になることを新聞業界紙のインタビューで公言したり、販売店幹部の集まりに「唯一無二の全国紙へ」といったスローガンを掲げたりしているところからも伺える。今回の値上げも、全国における取材網の維持であり、発行体制の堅持を目的にしたものとも取れる。産経や朝日、毎日が行ったような大量の人員削減の話も、読売からはまだ聞こえてこない。 読売が全国紙としてがんばろうとしていることは分かる。けれども、その全国紙が本当に必要なのか、そもそも新聞は必要なのかといった議論に話が進みそうな雰囲気が、今の新聞やテレビも含めたマスメディア業界を取り巻いている。恣意的な情報を選んで載せるメディアはいらない、生の情報を加工せずのせてくれれば、後は受け取った側が判断する。そうした空気がネットを中心にじわじわと広がり、支持も集めるようになっている。 ニュースはポータルで読むからといった声には、そのニュースを供給しているのは新聞を始めとしたマスメディアだと言えても、恣意性を持った介在は不要といった声に対抗するには、誰もが納得できる結果を見せていく必要がありそうだ。編集方針をしっかりと立て、左右に角度をつけて世論を無理に誘導するような態度を見せないようにしながら、全国に取材網を持つ新聞の存在価値を感じてもらうようにしていくしかないだろう。 地方の県で最近問題となっていることに、県庁や市役所といった行政機関への取材陣から一部の全国紙が撤退し、地域によっては地元紙だけになっている状況がある。地元紙に載るなら十分かというと、単独の取材では視点が偏り場合によっては癒着も生まれ、暮らしている人にとって幸せではない事態が起こらないとも限らない。地方発でも全国の人が必要としているニュースが伝わりづらくなる可能性もある。唯一であっても全国紙が残っていることで、少しは問題の解消につながるかもしれない。 地方での取材網を使って集めた情報を、他の地方のメディアに提供するようなサービスも行うようにして、共同通信社や時事通信社といった通信社に並び、あるいはとって変わる存在になろうとしている。そんな可能性も浮かぶ。読売が時事を買収するといった噂が一時流れたが、その後に目立った動きがないだけに、あり得ない話でもない。 読売新聞と関係が深い日本テレビ系列の読売テレビ、中京テレビ、札幌テレビ、福岡放送が経営統合を発表したのは、ネット配信で存在価値が沈みがちな地方局支援の意味があったが、関係強化によって映像ネットワークの一元化が進めば、そこに載せる情報として、新聞からの全国規模のニュースも価値を持つ。日本一の新聞と、視聴率1位を争うテレビがさらに貪欲に基盤強化を進めていけば、他のメディアグループが追随するのも大変だ。 マスメディア自体の不要論がここでもつきまとうが、日々に発信される膨大な情報の中から大切な情報を選びだし、その真偽を見極める知識や経験を持ち、分かりやすくかみ砕いて発信する能力を持った記者がいれば、情報を受ける側として便利であることは確かだ。そういう記者を確保し育成するためにも、値上げが必要だったとするのなら、あとは実行してくれるかを見守るしかない。やがてAIが情報の取捨選択から解説、発信までを行うようになるであろう。ただ、今は新聞も記者も必要とされている訳だから。
タニグチリウイチ