インドネシアで影絵芝居になった桃太郎(前編)
謎の「山田さん」登場に困惑
2023年11月末、パフォーマンスまで1カ月を切ったある日、エコ氏から桃太郎ワヤンの台本が届いた。実は、ワヤンはインドネシアの公用語であるインドネシア語ではなく、現地の民族語であるジャワ語で演じられるため、多少かじったインドネシア語では全く理解ができない。愛用の翻訳アプリDeepLはジャワ語機能を搭載していないため、仕方なく、少し翻訳能力が不安なGoogle翻訳を利用して読み始めた。これまでちゃんとコミュニケーションを取ってきたのだから、台本に大きな問題はないだろうと考えていた。むしろ、どんな桃太郎が出来上がるのか楽しみだった。 しかし、第一幕の冒頭のナレーションを見て度肝を抜かれた。 「山田さんは、悩んでいた」 それが冒頭の一言だった。 思わず頭が真っ白になった。まず、山田さんって誰だ。さすがに何かの間違いだろうと思いつつ、先を読み進める。全12ページの台本の3ページ目まで来ても山田さんと謎のインドネシア人の掛け合いが続く。翻訳アプリの問題もあるだろうが、ジャワ語(Javanese)と日本語(Japanese)は1文字しか違わないのに、とにかく読みづらい。翻訳アプリの限界を感じた。 筋書きを簡単に説明しよう。舞台は西暦2023年頃のインドネシア・ジャワ島のとある村。稲作を主な生業とする村では、近年の地球環境の変化を受け、水害・干ばつ被害や害虫の被害に悩まされてきた。そこへ日本の農水省の山田さんがやってきて、地元の協力的な農民と有機農法を展開するという話である。 第二幕で山田さんが、自分の好きな物語である「桃太郎」の世界に入り込み、桃太郎の鬼退治の様子を第三者の視点で見つめる。桃太郎は剣道の師匠に弟子入りして体を鍛え、猿、犬、鳥とともに、欲にまみれた商人が怨霊と化した鬼に決闘を挑み、鬼を撃破する。最後にどこからともなく現れた僧侶が聖水をかけることで人間に戻った鬼は、桃太郎の村づくりを支援する。 そして、第三幕で再び現実世界に戻り、山田さんと一部の村人が提唱する日本式の有機農法に批判的だった村長や村人たちが徐々に理解を示すようになり、晴れて有機農法が現地の村に普及する。これを1時間かけて演じるというものだ。 ストーリー読了時の感想は、「え? マジでこれをやるの?」というものだった。多少の脱線は覚悟していたが、第一幕と第三幕で桃太郎の「も」の字も出てこないのだから、1時間のうち桃太郎の登場シーンはわずか20分足らず。しかも、Google翻訳の文によれば、桃太郎は桃ではなくかぼちゃから生まれたことになっている。 これは非常にやばい。数カ月かけて現地と対話をしながら物語を作ってきて、若者チームが毎週エコ氏のもとを訪れてワヤン作りの様子を記録しているということも聞いていたので、すっかり安心しきっていた。絵の展覧会が大成功だったこともあり、つい現地に任せっきりになっていた自分も悪かったのかもしれない。 急いで現地のキンタさんに連絡して、エコ氏をはじめインドネシア側がプロジェクトの趣旨を理解できていない可能性があり、残り1カ月以内に再制作の可能性があることを伝えた。数カ月間の打ち合わせは全て無駄だったのかもしれない、自分はどこで間違えてしまったのかと、色々な感情が胸をよぎった。既に様々なところにイベントの告知もしている。日本からわざわざ見に来てくれる人もいるはずなのに。 現地側は「少し確認する」と言うだけで、「大丈夫だよ~、心配しないで~」と呑気な絵文字付きで送ってくるのを見る限り、あまり焦っていない様子だ。今からストーリー全体の修正はほぼ不可能だろう、だとすれば、少しのマイナーチェンジでいけるだろうか。もしかしたら、ストーリー作りを担当した人は、わずかな変更も受け入れてくれないかもしれない。これまで現地の人々に置いていた全幅の信頼は一瞬で吹っ飛び、心の中が不安な感情で満たされていった。 (後編につづく) インドネシアで影絵芝居になった桃太郎(後編)
G7/G20 Youth Japan共同代表/東京大学先端研創発戦略研究オープンラボ(ROLES)連携研究員 徳永勇樹