【バスケ】日本バスケ界の「救世主」となったニック・ファジーカス Bリーグを、日本代表を変えた稀代のプレイヤー
比江島慎「彼がいなくなるBリーグを想像できない」
5月30日にとどろきアリーナで行われたファジーカスの引退試合には彼の最後の勇姿を眼に焼き付けるべく、満員の4904人ものファンが訪れた。この日だけではなく、Bリーグやブレイブサンダースの人気上昇にともなって、ここ数年はアリーナが埋め尽くされることが珍しくなくなっていた。 ファジーカスが来日した当初のとどろきは「色」も違えば「音」も違った。そもそも、アリーナが埋め尽くされることなど、めったになかった。今は女性や子どものファンが占めることが通例となっているが、昔は仕事帰りの東芝の関係者がスーツ姿でスタンドに座っていることが多かった。だから、今は暖色の「ブレイブレッド」に包まれるとどろきの「色」は、ずっと黒っぽかった。 「音」にしたって、そうだ。昔のとどろきでの試合はずっと静かだった。何年か前に、そのような話になった際、ファジーカスは「昔のとどろきは、試合の時でも会場の隅っこにいる人たちの会話が聞こえたりしていたよね」とその時代の同所を見ていた筆者に同意を求めてきた。 冷静になってみれば、とろどきは今も昔も「体育館」だ。今はそこに様々な装飾を施し、試合ではDJを起用したり音楽を常時かけるなどで、「アリーナ」っぽさを演出しているにすぎない。 何も特別なところはない。それでも、ここで何百という試合をこなし、そして勝ってきたとろどきアリーナはファジーカスにとってやはり別格な場所だ。 「ここで多くの良い試合をしてきたし、多くの得点をしてきた場所でもあるから、好きになれないなんていうことはありえない。僕にたくさんの成功をもたらしてくれたところだから、大好きな場所さ」 シーズン前に引退を表明した際、ファジーカスは「この決断は悲しいものではない」と話した。それなのに、4月のとどろきでの最後のホームゲームで、そして5月のレギュラーシーズン最後となる横浜文化体育館での横浜ビー・コルセアーズ戦で、彼は涙を抑えることができなかった。 まだ、バスケットボールをやりたいーー。ブレイブサンダースが逃したプレーオフを見ていて、ファジーカスは自分がまだプレーを続けたいのではないかと自答した。 しかし、引退の決断はやはり間違ったものではなかったと気づいた。引退試合では40分、コートに立ち続けたが、直後にはメディアに「体が痛い」と吐露した。 「気持ちが自分に語りかけることと、体が語りかけるものはまた別だということなんだね」 上述のワールドカップアジア地区予選や同本大会で日本代表のチームメートだった比江島慎(宇都宮ブレックス)は、ファジーカスの引退表明を聞くと「彼が日本のバスケットボール界に与えてくれた影響は計り知れない。中国のワールドカップに導いてくれたのは彼」と述べ、こう言葉を続けた。 「彼がいなくなるBリーグを想像できない」 引退試合を用意され、コートとファン、関係者に別れを告げた。それでも、ファジーカスという日本バスケットボール界の稀代の選手のいない世界を、想像できない。
永塚 和志