「北橋日記」前北九州市長の戦い ~工藤会VS市民2760日の記録~ 【前編】“最凶”暴力団が支配する暗黒の時代
警察や行政をあざ笑う工藤会
「警察が、門の中の組員と対峙しています。門の辺りにはかなりの数の組員がいると思われ、緊張感が漂っています」と記者も緊張気味にリポートする。2010年3月12日、工藤会は、北九州市小倉南区に「長野会館」と名付けた組事務所を設置したのだ。 小学校などの敷地から200メートル以内の場所に組事務所の開設を禁じる県の「暴力団排除条例」施行の1ヶ月前だった。子どもにも危険を及ぼしかねないこうした工藤会の動きに、市民たちは堪らず、組事務所の撤去を求め立ち上がったのだ。 当時、長野会館に居座っていた工藤会の元組員も、わざわざ、あの時期にあの場所に組事務所を作ったのか疑問だったと当時を振り返る。「(工藤会にとってメリットは)ないでしょう。あるわけないでしょう。なんでこんなところに作ったのか。何を考えているか分からなかった」と困惑したことを述懐した。 さらに元組員は「初めてですね。あれだけの人が集まって…。カタギに嫌われて生きていける世界じゃないでしょう。ヤクザの世界が」と市民が工藤会に『NO』を突きつけたのを初めて見たと話した。組事務所の撤去を求めるパレードには、市民約500人が参加。そして、ついに工藤会側は、長野会館の看板を撤去したのだ。 しかし、工藤会の怒りは収まらない。矛先は市民に向けられる。事務所の撤去運動に参加していた自治会長宅に銃弾6発が撃ち込まれたのだ。北橋さんは企業誘致のため出張していた東京でこの事件を知ったという。事件翌日の午前、北橋さんは大企業2社の社長に直接、プレゼンをすることになっていたのだ。
市民に向けられた銃口
「朝起きると、小倉で銃弾が撃ち込まれた報道が、東京で何度も何度も繰り返しテレビ局が報道しているわけです。資料を用意していくんですが、企業誘致の有利性というものを説明した資料に『安全な街です』というところがあるんですね。これは自然災害が極めて少ないという意味もありますが、そこで…、ええ、もう、言葉が詰まってしまいまして…、どんなに北九州の良いところをPRしても、今朝の全国放送にあったような、一般市民の自治会の会長宅に銃弾6発を撃ち込むような暴力団があるのか、そういったなかで、どうやって企業誘致をすればいいんだと…、もう絶句して、もう本当に声が詰まって、恐らく少し泣いたかもしれませんね。もう社長さんの前で…。生活、経済、社会が、崩れていってしまう。そういうところに北九州はあったんではないかなと思いますね。だから丸腰で戦うことは、不安だけれども怖いけれども、やっぱりみんなで励まし合って頑張っていかなきゃいけないと。このままでは、この街がダメになってしまうという危機感が、その怖さを乗り越える力の一助になっていた気がします」 その思いは、その日の日記にも記されていた。 ■北橋日記(2010年3月16日)「安全安心を求める市民社会への重大な挑戦であり、激しい憤りを覚える。決意をあらたに、暴追運動を前進させねばならない」 事件から3日後、北橋さんは当時の暴追大会で「市民に銃口を向けるこのような卑劣な行為に激しい憤りを感じます。絶対に負けてはいけないという気持ちで駆けつけてまいりました。卑劣なる行為には絶対に屈しない!暴追運動を進めようではありませんか!」と訴えた。北橋さんは、街の未来のため市民の先頭に立つ決心をしたのだ。 高まりを見せる暴追運動。しかし、市民の先頭に立ってすぐの2010年3月29日。北橋さんに覚悟が試される出来事が起きる。「市長や家族に危害を加える」「これは脅しではなく警告だ」と書かれた脅迫状が市役所に届いたのだ。 北橋さんが当時を振り返る。「自分自身に危害を加えるならば、これは私の決意で暴追運動やっているわけですから、それはそれとしまして、家族に対して危害を加えるぞという趣旨について、大変衝撃でした」。自身だけでなく家族までも標的だとする脅迫状。「プライベートに、外出は極端に減ったが、時々、近くにおいしい焼肉屋がありますので、時につつきに行ったことがあります。焼肉っていいですよね。ジュージュー焼いて、サンチュに巻いて、キムチ巻くともっとおいしいよって。それが家族へのささやかな感謝の気持ちです。それくらいしかできなかったな…」とかけがえのない家族への思いを北橋さんは語った。 脅迫状を受け取った翌日も北橋さんは市民の先頭に立った。この頃の北橋さんについて「素晴らしいなと思ってましたよ。工藤会が市民をいじめるから市長が動くのでしょう」と当時の組員も思っていたという。 元福岡県警の藪正孝さんも長野会館問題が起こる前と後の北橋さんについて「もう腹を決めたという印象は持ちました。もうこれで長野会館の問題でも、工藤会対策でも、もう腹を決めたという印象は受けました。24時間、北橋市長には警察官がついて警戒すると。異例でしょう。そういう市長の方は、私は聞いたことがない」と語った。 しかし試練は続いた。 (【後編】福岡県警「頂上作戦」へ続く) (テレビ西日本)
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