失敗しても支持される「吉村洋文」とは何者だったのか「敵多き普通の男の苦悩」
素顔の吉村
あらかじめ結論を示しておく。大阪の有権者も維新の支持層もパフォーマンスやメディアに踊らされていたわけではなく、冷静で合理的な判断として、彼らを支持している。 すべては、そうした現実を受け止めて、理解するところからしか始まらない。反対派が待望する失政を繰り返しながら、しかし反対派を圧倒する票と支持を集めてきた「吉村洋文」という存在から探ってみたい。 私が吉村に直接、話す機会を得たのは、2021年4月6日だった。コメンテーターとして出演していた朝日放送のニュース番組に、吉村の出演が決まったのだ。この日、大阪は過去最多(当時)となる新規感染者数を記録していた。今となっては歴史の一ページ、あるいは過去の記憶になってしまったかもしれないが、時代の空気感も含めて記録しておく。吉村は、この事実を真剣に恐れていた。隣の席で「感染者数は719人、過去最多です」と発表した時の表情は、演技やポーズとは言えないくらい強張っていた。 それも当然で、その時点での大阪の重症病床数は最大で224床だったが、早晩これ以上の重症者数となることは予測できていたからだ。その点を踏まえて、私は医療体制について、いくつか質問をした。 「変異ウイルスが流行している以上、重症病床数224床は明らかに足りなくなる。ここから増やせる見込みはあるのでしょうか?」 これに対して吉村は、メモなどを見ることなく答えた。 「ICU(集中治療室)はそもそも都市部においても多くなく、大阪でも数に限りがある。主に中等症を治療している基幹病院でICUがあるところは、重症患者を専門的に治療していた病院に転院ではなく、その病院で重症を治療してくださいとお願いすることになる。224床から増やすことは可能ですが、飛躍的に増えるということはないです。しかし患者数は飛躍的に増えていますから、ここを抑制しないといけない」 重症病床を増やすにも限界があるという現実を、甘い見込みや希望的観測を排し、踏み込んで語っていた点は、反対派が言うほど無責任なものとは思えなかった。その後、打ち出した不急の手術を延期する要請も理にかなったものだった。 無論、私は諸手を挙げて彼のすべてを擁護する気はなかった。吉村が府民へのアラートとしていた、通天閣などを赤く染める「医療非常事態宣言」にどれほどの効果があるのかという疑問は最後まで消えなかったし、府外からの医療支援も要請したほうがいいのではと思った。 しかし、初対面の印象は決して悪いものばかりではなかった。私の記憶に強く残っているのは、オンエアー中に連呼していた「府民へのお願い」や「方針」よりも、CM中にぽつり、ぽつりと自身の職責について語っていた言葉だった。 「体というより、気がしんどいですね。常に感染者数のこと、病床のことばかり考えていて、気が休まらないです。感染が広がれば、亡くなる人は増えます。医療従事者はずっと大変な状況にいる。飲食店をやっている友達だっていますし。かたや感染しても自分は大丈夫と思う人もいる。難しいですよ、社会は。いろんな立場の人がいますから」 ただ一方的に「敵」を仕立て、自分を正義とする構造を作るのではなく、綺麗事だけではすまない複雑な社会と丸ごと向き合おうという気概は感じられた。 つづく「東京からは見えてこない「なぜ維新は大阪で絶大な支持を得ているのか」」では、維新の選挙戦には二つの顔があることについて「生い立ち」から掘り下げる。
石戸 諭(記者・ノンフィクションライター)