「”500分の1秒”の世界を切り取る」絢爛たる名建築とダンサーのめくるめく競演…作家・稲葉なおとが語る「ダンスと建築の美」
艶やかな衣装に身を包み、絢爛豪華な建築を背景に軽やかに踊るダンサーたち。その舞台は日本武道館や、グランドプリンスホテル新高輪の「飛天」、駒沢オリンピック公園の総合運動場体育館といった名建築だ。 【写】愛子さまが静養中に身につけていた「チェック柄のシャツ」、その「驚きの値段」 元建築家で、現在は紀行作家や写真家として活躍する稲葉なおと氏が名建築を舞台にした競技ダンス(社交ダンス)の撮影を始めたのは約12年前のこと。 写真(右) 浅村慎太郎/遠山恵美 グランドプリンスホテル新高輪「飛天」 写真(奥) 橋本剛/恩田恵子 グランドプリンスホテル新高輪「飛天」
名建築とダンサーの競演に魅せられて
「日本武道館や新高輪のプリンスホテルは、大学の建築学科の学生だった頃から憧れの名建築でしたし、撮影にも何度も訪れて、その魅力については十分知り尽くしていると思っていました。 ところが競技ダンスの会場として撮影を始めてみると、ダンサーが被写体として一緒に映ることで建築そのものの活力が高まり、上質で華やかな内装を背景にすることで、ダンス自体もまた迫力を増すことに気付かされたのです。グランドプリンスホテル新高輪の『飛天』といえば“宴会場”というのが一般的な認識だと思いますが、ダンス会場としても実は非常に素晴らしい場所なんですよ。 建築写真は通常、建物を美しく見せるために人物が入らない状態で撮影しますので、ガラーンとした印象をお持ちの方もいらっしゃるかと思いますが、建築は使われてこそ初めて躍動する一面もあります。そのうち、ダンサーたちの力を借りながら、自分なりの建築写真を追求していきたいと思うようになりました」
競技会場は「格式ある美しい建築」で
ダンサーたちのバックを盛り立てる競技会の会場には、歴史に名を刻む由緒ある建築が選ばれることが多い。そのきっかけは1965年、当時のダンス界を牽引した助川五郎らの尽力により『第9回サンケイ杯全日本選抜舞踏競技選手権』が日本武道館で開催されたことに端を発する。 「日本の社交ダンス黎明期に活躍した助川五郎さんが、競技ダンスの世界大会を日本でもぜひ開きたいと目標を掲げたんです。そこで、世界に恥じない舞台として選んだのが、東京オリンピックの柔道競技会場として建てられ、世界に名の知られた日本武道館だったんです。最初は理解を得られず何度も門前払いされたそうですが、最終的にその夢は実現した。 以来、『武道の殿堂』は、競技ダンス界にとっては『ダンスの殿堂』となりました。このときより、名だたるダンス競技会は“格式ある美しい建築で”という姿勢が現在まで続いています」 だが、こうして選ばれた美しい建築群に着目する人は残念ながらまだ少ない。というのも競技ダンスの写真を撮る場合は、踊りの内容がわかるようにダンサーだけをフォーカスして撮影するからだ。どちらかといえば“スポーツ写真”に近いことが多いのだという。 「一般的なダンスカメラマンの姿勢はスポーツカメラマンに似ています。バレーボール競技を撮影するにあたり、選手と一緒に、会場となる東京体育館も美しく撮るというようなスポーツカメラマンはいません。同じように、ダンスカメラマンも、ダンサーのみをいかに美しく撮るかに神経をすり減らしていらっしゃると思います。 ただ、やはり私の場合は写真を撮り始めた一番のきっかけが建築ですから、ダンサーはもちろん、できるだけ背景も美しく撮影したいという思いがあるわけです」