「聞いて、クソババアがね(笑)」と愛犬に愚痴ったことも…新田恵利 6年半の介護を経て、淑徳大学で教壇に立つ今
2014年から約6年半母親の介護を経験した新田恵利さん。現在はその経験を活かし、淑徳大学で客員教授として教壇に立っています。自身の経験からいま伝えたいことは── 。(全5回中の4回) 【写真】「目元がそっくり」亡くなられたお母様と新田恵利さん 6年半に及ぶ介護の様子など
■ケンカをしても家出ができない母が泣いていた ── 介護をしていると、出口が見えないトンネルのなかにいるような感覚に陥ることがあります。新田さんは2014年から約6年半お母さまの介護を経験されましたが、そうした不安を感じたことはあったのでしょうか?
新田さん:もちろんありましたよ。介護は子育てと違って先が見えないので、「いったいいつまで続くのだろう…」と不安になったり、どんどん衰えていく親の姿を目の当たりにして、無性に寂しい気持ちになったり。心がすり減っていく感覚もわかります。でも、介護を始めて3~4年が経ったころ、母の介護は「やってあげている」ものでもなければ、「誰かにやらされている」ものでもない。これは「私が後悔しないためにやる介護なんだ」と感じたんです。
── なぜそう思われたのでしょう? 新田さん:17歳のときにおニャン子クラブの一員として芸能界にデビューしたのですが、その直後に父が急死したんですね。当時、思春期だったので、親孝行はおろか、父とふたりでゆっくり話をしたこともなく、「何もしてあげられなかった」という後悔が残りました。ですから、「もうこんな思いはしたくない。悔いが残らないように、母には精一杯の親孝行をしよう」と心に決めて生きてきました。
その思いが強すぎて、「母のために頑張らなくちゃ。一生懸命やらなくちゃ」と気負いすぎ、ちょっと苦しくなっていたのかもしれません。なぜ「自分が後悔しないための介護」という言葉が急に浮かんできたのか、正直、私にもわからないのですが。「やってあげている」「やらされている」と感じていたときよりも、介護に向き合うのがラクになりましたね。 ── そうなのですね。ケンカはなくなるものですか? 新田さん:いえ、それでもやっぱりケンカになることはありますよ。何度も同じ話を繰り返されると、思わずイラっとして口調が強くなってしまうことも。でも、ある出来事によって、途中からできるだけケンカはしないようにしようと、心がけるようになりました