「内なる声に耳を傾けよ」現代人に響く自然を師としたエマーソンの超絶主義
人間の内部に至高の存在が宿っているからこそ可能な思想
すでに触れたように、当時は、産業化と都市化が急速に進み、人々の人間性や、人間を包み込む自然、森が失われて、その喪失に人々は大きな危機感を抱いていた。 だからこそ、多くの人々がエマーソンの思想に共鳴し、彼のまわりには同様の考え方を持つ人々が次々と集まってきて、「超絶主義クラブ」が結成されたのである。そして彼らは、この新しい思想と新しい教育によって、人間を回復しなければならないと考えたのだ。 ソローが森に入ったのも、まさしく、普遍的な存在を内部にもつ自己を信頼する超絶主義思想を実践に移すためだった。 この運動は、ヨーロッパの14、5世紀に起きたルネッサンス運動になぞらえてアメリカン・ルネッサンスと呼ばれた。そして、その運動の中心的な役割を担ったのが、エマーソンだったのである。 超絶主義思想はこのように自己への強い信頼を基盤とする思想だが、ここで強調しておかなければならないのは、この自己信頼の思想が可能なのは、あくまでも、この地球上ではすべてのものが荘厳で普遍的な本質(自然)に通じており、人間の内部にも至高の存在、すなわち普遍者が宿っているからこそなのである。そして、そうだからこそこの思想は、今の日本でもまた可能なのである。 もしも今、日本で、ひとりでも多くの日本人が「超絶」によって自然と通じ、そこに荘厳で普遍的な本質を感得したならば、ヨーロッパ、アメリカに続いて今度は日本で、核戦争、環境破壊、精神崩壊の危機に瀕したこの日本で、ルネッサンスが、日本ルネッサンスが起きる可能性があるのである。 ---------- 井上一馬(いのうえ かずま) 1956年東京生まれ。日本文藝家協会会員。比較文学論を学んだ後、ウディ・アレン、ボブ・グリーンなどアメリカ文化の翻訳紹介、英語論、映画評論、エッセイ、小説など、多彩な執筆活動を続けている。
【メモ】ラルフ・ウォード・エマーソン(1803~1882)思想家・文筆家 マサチューセッツ州ボストン生まれ。ハーバード大学卒業後、ハーバード神学校を出て牧師となるが、聖書の内容や当時の教会の制度を否定したことから無神論者として批判を受ける。1836年に出版した『自然』で超越主義を打ち出し、その後の評論活動はヘンリー・デイヴィッド・ソローをはじめとした同時代の文化人や、のちの思想家、著述家たちに大きな影響を与える。講演や演説を盛んに行った、アメリカの文化的リーダーの先駆者。