「勝つべくして勝つために、データを活用する」:バスケットボール女子日本代表ヘッドコーチ 恩塚亨 氏のデータ哲学
強みの分析もデータに落とし込む
素人目には、プロスポーツとはある程度の戦略はありつつも、プレイヤーの個の能力やセンスが、勝敗を分けるものだと感じられる。しかし、恩塚氏のロジカルなデータ活用のあり方に触れると、実際にはそうとも言えないのではないか、と感じさせられる。 KPIを設定する一方で、「世界の選手と比べると日本人は体も小さく、身体能力も劣る場合がある。しかしながら、めまぐるしく攻防が変わる状況のなかで日本人が持つ、素早くよい行動ができる能力(=アジリティ)の高さは強みだ」と言い、「この強みも他国に負けないポイントとしてフォーカスを当てている」と述べる。 「そうなれば攻防の切り替えのシーンひとつひとつ、ワンプレーごとの移動の速さというのも重要なデータとなってくるため、そうした項目もチェックし、評価している」と、強みの分析もデータに落とし込んでいると恩塚氏。
データの緻密な活用こそ、改善点と到達点をあぶり出す
このように、項目を設定して数値化、さらにプレー動画で検証することでデータを具現化し、プレーの核心に迫っているようだ。恩塚氏は、「たとえば、リバウンドの取得率が悪かった場合、身長が小さいから取れないのか、それ以外の理由で取れないのか、はたまた個人の問題だったのか、チーム戦術の問題だったのかということがデータ分析のなかで得られる」と語る。 また、「だからこそ、改善できる点と努力次第で手に入る点が見えてくる」とし、「私はデータをそうやって使っている」と言い切る。 上手くできなかったことを頭ごなしに否定するのではなく、分析に基づいて共有する。緻密なデータ分析が、スポーツの世界でも重要なことがわかる。マーケティングとて同じだろう。データの緻密な活用こそ、改善点と到達点をあぶり出せるのだ。
データとは行動につながるツール
恩塚氏はさらに、「ポイントは効果的な打ち手が連続的なチームプレーになること」とし、データ分析によってわかった強みや成功予測を因果関係のあるストーリーとしてチームに持っていくことが大事だとも話す。 そのうえで、データの活用によって導き出された成功するための台本を作り上げていくと言い、こう続ける。「たとえば、スピードという大きなテーマを掲げ、細かな部分は選手に丸投げする、ではなく、そのスピードをどうやったら発揮できるのか、あるいはそのスピードが失われる部分はどんな場面で、それを乗り越えるために選手がコート上でどう動くべきなのかということもデザインする。それもコーチの仕事だと思う」。 「抽象的なテーマだけで済ます、場当たり的な指示は非常に効率が悪い」と恩塚氏は話し、「こうしたバスケットのやり方が確立できれば、無駄に攻め心のある指導もなくなるのではないか」と、指導における理想も付け足した。 論理的確信(=データ)に基づいて、数値を積み重ね、成功に導く台本を作る。そして、とにかくそれを実行・自動化できるように仕上げていく。これこそが、恩塚氏のデータ活用だ。単なる数値や情報の羅列ではなく、その先にある成功のための行動につなげていく。なぜなら「データ」とは、行動につながるツールであるからだ。 恩塚 亨/公益財団法人日本バスケットボール協会バスケットボール女子日本代表ヘッドコーチ 1979 (昭和54) 年6月5日生まれ、大分県出身。筑波大学を卒業したのち、渋谷教育学園幕張高校にて体育教師および女子バスケットボール部のコーチを務める。その後、東京医療保健大学にて女子バスケットボール部を新設し、全日本大学バスケットボール選手権大会で優勝するチームにまで育て上げた。高校教師時代の2007年から女子日本代表ではアナリストとして活動し、2017年に代表チームのアシスタントコーチに就任。東京2020オリンピックにて初のメダル獲得(銀メダル)に貢献し、2021年からヘッドコーチに昇格した。現在はパリ2024オリンピックにて金メダルの獲得を目指している。 Written by 島田涼平
島田涼平